攻めてるドラマ
イヤミスは読む気がしないのだが、黒沢清のような名手がドラマ化することが多く、映像化作品のほうは興味が捨てられない。
和製のダークなドラマに限ってはラッキーなひと月強だった。あまり期待しないほうがよさそう、という低~いハードル設定だったので、逆にかなり儲けた気分である。
『微笑む人』
貫井徳郎の原作は未読。優良ドラマ『乱反射』の原作もこの人か。
落合正幸D、秦建日子W。
本の置き場所がほしかったから妻子を殺したりするわけがない、あんな優しそうなパパ友が……。
いかにも事件記者らしいありきたりな発想しかできない鴨井晶が、母子殺害事件容疑者、仁藤俊美の無実を晴らすため、取材を開始する。太陽がまぶしかったから人を殺す人間だっているのだから、本の置き場所がほしくて殺す人間だっているだろう。あるいは奥さんに勝手に本を捨てられた過去があるのか、とチラリと疑ったが、さすがにそれはなかった。
仁藤の人となりがじわじわあぶりだされていく過程がおもしろい。しかし、すでに故人とはいえ、かつて身内だった梶原のことを、上司立ち合いの場で社員たちがためらいなくあしざまに言う光景には若干違和感あり。
鴨井が夫の素行調査をさせていることは、開始30分くらいで見当がついた。最後は鴨井が夫に殺されるのか、あるいは仁藤の予言通り鴨井が人殺しになるのか、と陰気にわくわくしていたら、後者であった。
『乱反射』同様、見る角度によって人となりはいかようにも解釈できるとする、苦味のきいたエンターテインメント。
スタッフだけでなくキャストもハイレベル。直近の仕事を見ていた印象では……もしかしたら松坂桃李のほうが尾野真千子より引き出しが多いかもしれない。
『ハムラアキラ~世界で最も不運な探偵~』
若竹七海の原作は未読。
全話視聴完了。主演の声が聞き取りにくい回もあったが最終回はあまりそれを感じず。なんというか数年ぶりにザ・ハードボイルド・ヒーローを見た! ヒロインではなくヒーロー。
監禁された葉村を助けるのがテレビを不法投棄しにきた中年夫婦ってところがなかなか乙だ。着衣のままシャワーを浴びながら、小娘の慰めの言葉など寄せ付けず、一人で落ち込む姿にグッときた。
若い娘が高収入につられて行方不明に。イギリス・ミステリなら麻薬&売春がデフォルトだが、そのどちらでもなかった。で、悪党たちが見慣れたブリカスのエリートと違って、大して金も権力もありそうに見えないのは、まあ毎度のことである。欧州の貴族が狩りを好むのは、68会とメンタリティーに少し共通点があるからかしらん。会結成当初は立場が弱かったであろう大黒が、資産家となって仲間をうまく利用する構図はエグくておもしろい。「嘘だろ、嘘だろ」の口真似のいやらしさ! 田中要次のキャリアのなかでは、かなりやりがいがあった役ではないか。
最終話はとくに耳に残る台詞が多かった。
「無理無理、あたし車の免許ないんで」。軽く脱力。字幕がないと「ないもんね」に聞こえちゃうところが残念。
「これ、結構おもしろいんだね」「なんで? ゲームしようよ」「はい交代」「ゲーム開始」
「何それ? ゲームで人殺していいのかよ」
「警察来ちゃったよ」「今あんた殺しても、後悔する気しないんだよね」。ここで目のアップになるのが最高。
岡田警視がオリジナルキャラとはつゆ知らず。名古屋NHKさん、いい仕事しましたなぁ! 名古屋といえば『鉄の骨』もあった。WOWOWがあれを超えるのはむずかしそうだ。とくに脚色と音楽。
事件を振り返る葉村の独白。「悪い大人に騙された世間知らずの愚かな子供と軽んじるのはかんたんだが、あの子たちには必死だったのだ。このどす黒い闇が支配する世界で、はかなく美しい光をどうにか消さずにいたいと。そんなあの子たちの気持ちを笑う奴は、わたしが許さない」。ここだけはもうちょっと渋かったり腹から声が出せたりする人の声で聴きたかった。
梅雀が最後にかける言葉がよい。「知らないわよ。探偵、葉村晶。辞め時失って、ますます深みにはまるの巻」
葉村がミチルにかけた言葉はながく記憶に残りそうだ。「強くなんなよ。あんたにも地獄が待ってんだから」
時流にさとい脚本家なら、「あんたも被害者なのよぉ、それを忘れないでぇ!」で締めるとこだが、今作の探偵はそんな(自分を甘やかすために他人も)甘やかすキャラではないのだ。
最後の探偵と刑事の会話もいかにも上等な好敵手らしくてよし。
「あんたに地獄はなさそうだね」
「いやぁ、地獄ですよ。だから、がんばれんですよ」
そして最後の最後にモノローグ。「私の名前は葉村晶。国籍、日本、性別、女。人は私を世界で最も不運な探偵と呼ぶ。まあ、それも悪くない」。甘くなりすぎない笑顔で締めた。
黒沢久子W、大森守D、そしていつもシャープな音楽を作ってくれる菊地成孔に感謝。青みがかった夜景の撮り方とジャズ風のBGMが、映画館にいるような気分にさせてくれた。
なぜだか間宮祥太朗のことを声優と勘違いしてきたが、俳優さんだったのだな。ありきたりじゃない立ち位置のエリート刑事がはまっていた。クールな顔して「すいません、インテリなんで」とほざいたり、情にからめとられずに山辺を逮捕したり、その件で湿っぽく葛藤しなかったり。やっつけ仕事の対極にある人物造形である。
池田成志にとっては今回の仕事も小商いにすぎない? 一度くらい準主役くらいの役で見てみたい。
脚本とシシド・カフカで作りだした葉村探偵のべたつかない優しさ、苦虫噛みつぶしつつも淡々と苦境を受け入れる感じ、たいへん魅力的であった。銃を持ってあんなにさまになる女優は昨今の日本ではめずらしい。綾瀬はるかはガンアクションできるけど、葉村タイプではない。栗山千明はたぶんかっこよくやれるだろうけど、黒い革ジャンとパンツも似合いそうだけど、やっぱ葉村タイプではない。
背筋がピンと伸びている、というのとも違うのだが、たたずまいに一本筋が通ったものを感じさせる。
べちゃくちゃしゃべらず、だが過剰に寡黙でもなく、四の五の言わずに仕事をかたづける探偵を、できればまたいつか拝んでみたい。その時はシシドさんがしゃべる場面の収音マイクを改良する必要あり。
これからは移民ageの薄っぺらいポリコレドラマが増えそうだ。このタイミングで心の深いところにふれる、予定調和ではないドラマが作られ、それを視聴することができて幸運だった。
上記のドラマ二つとも、主人公の名前が「晶」。イヤミスの書き手が使いたくなる名前なのだろうか。