『いだてん』第11回『百年の孤独』

月刊TV雑誌"TVnavi"では第11回は『威風堂々』と記載。負けたりとはいえ堂々たる走りを見せた弥彦にふさわしいけれど、『百年の孤独』はより深みがあってこれでよかった。「日本人に短距離は無理だ。百年早い」と語る彼に、「後輩たちが400mリレーでメダルを取ったんだよ~!」と言ってあげたくなったが、『いだてん紀行』できちんと北京オリンピックでの日本選手の偉業を伝えて朝原インタビューまで流してくれて、爽快感がある。自分自身、アテネオリンピックで4位だけで凄すぎる、これが日本の上限と思ったクチで、不明を恥じる次第である。1912年のオリンピック観戦者を21世紀に連れてきたら、"短距離は黒人選手がトップに立つのが当たり前"の状況に一番驚くだろう。本編も『紀行』も同じハイクオリティで楽しめる。今年はほんとうに幸せだ。

公式HPが今回も頑張っていて読みごたえがある。四三が日本を出発する時点で第一部終了なのかと思いきや、全四部構成で、今のところはまだ「第一章ストックホルム篇」とのこと。第8回までは、『木更津キャッツアイ』ほど目まぐるしくはなく、羽田マラソンとそれ以前をシャッフルすることでわくわくする話を作ってくれた。自分にとってはスピーディーだけど早すぎないテンポなのだが、早すぎると感じる人が多いのか?

五輪初参加は、日本側から希望を出してかなったのかと誤解していた。あちらからご招待されたのか。日露戦争に勝利したことで欧米列強の見る目が変わり、一目置く勢力と、「非白人国家は早くつぶすべし」とぶちあげる勢力がいたのだろうが、今のところは前者にしか触れていない。

なかなか大変なユーラシア横断道中を、コミカルな味付けをほどこして魅せる手腕はさすが。日記にいちいち天気と「快便」を並べる四三。スポーツ選手にとっては大事なことだが、この記述がなかったら、毎回冒頭から紹介しなかっただろうな。道中記中の欧米人批評はなかなか鋭い。「日本人は論外」にも苦笑い。

昭和のオリンピック前の海外合宿で日本選手が白人選手から唾を吐きかけられたというインタビューを見たことがあるので、そのまた昔のストックホルム五輪なんてどれだけ露骨な差別があったろうと疑っていたのだが、四三が足袋でみんなの人気者というのは実話だそうで、世の中いくらでもおもしろい話は転がっているのだな、と認識を改めた。おもしろい実話をおもしろいドラマに落とし込めるかどうかは、脚本家や演出家の力量によるわけだが。

弥彦は日本で最先端のハイカラ坊ちゃんだっただけに、よけいに渡欧先で白人選手との体格差身体能力差に打ちひしがれる。大森が「敵は外国選手ではなくタイムだ」と諭すのはとてもいい台詞だし、弥彦がその言葉に救われる瞬間も感動的だった。そこで間髪を入れず「もっと早く聞きたかったです」と言わせ、視聴者をクスリと笑わせる。クドカンらしい含羞。

道家であるのみならず、日本陸上界の推進力でもあった嘉納治五郎のキャラがいい。大河序盤に欠かせないいわゆる上層部の大物の立ち位置で、本作は一見「大河らしくない大河」かもしれないが、嘉納の使い方はオーソドックスな大河の手法である。
大幅に到着が遅れてさんざん若者をやきもきさせたのに、ぬけぬけと「これぞ相互理解。私の不在が君たちの成長を促した」と抜かす。『太平記』の尊氏の詭弁を彷彿させるなぁ。実在の人物を漂白せず、山っ気はそのままに愛嬌のある人物を造形するスタッフ、キャストがすばらしい。役所広司は世間が言うほど演技の幅がない人と思ってきたが、本作では軽妙さと強引さのバランスが絶妙である。ともあれ、大舞台で自己ベストを出した三島弥彦は立派なスポーツ選手である。

大森夫妻は今の感覚からしても大胆な結婚をしたカップルだそうで、竹野内豊がいいのは予想通りだが、シャーロット・ケイト・フォックスも極私的にノレなかったエリーより今回の安仁子のほうが数段魅力的。看病疲れでどんどんやつれるあたりの演出も、今回のスタッフならでは。ささいなことを深刻そうに演出するより、たいへんなことを軽快に演出するほうが世間受けはともかく、自分にとっては好もしい。

スポーツが大方の日本人にとってはまだ珍奇なものだったという描写が愉快だったりほろ苦かったり。足袋職人が連発する「腹っぺらし」がたいへん味のある言葉だ。「穀潰し」ほどきつい言葉ではないが、一文の得にもならないし腹の足しにもならないのに、なにを好き好んで走るのか?という一般庶民の正直な感覚がよく表れている。

小さそうな役にいたるまで登場人物が皆生き生きしていて、一人一人がいとおしくなる。中村勘九郎生田斗真の堂々たる明治男の演技に目を見張る。はしゃいだりふざけたりする場面でも平成の青年にならず、時代ドラマの枠を守っている。

女性にスポットライトを当てた作品ではないのに、たいがいのいわゆる女性ドラマよりすみずみまで女性キャラに物語が感じられる。薩摩の古武士のごとき三島和歌子、働きづめの肥後のかあちゃん、今どきの女性新聞記者よりよっぽど時代の最先端な感じでかっこよい本庄。そして古い女と新しい女の中間的なスヤ。シマのきびきびした動きに惹きつけられる。「奥様、杖が抜き身でございます!」は最高に笑えた。

来週は『太陽がいっぱい』か……明るそうなタイトルとは裏腹に悲劇を予感させて"Fin"だったのが同名のフランスの名画。陽光を浴びながら四三が失神することろで「つづく」となるのかしらん。

数々の傑作NHKドラマで渋い演技を見せてきて、映画『ローレライ』では一人だけ日本兵らしかった俳優が、違法薬物の罪で逮捕されてしまった。『麒麟がくる』の皆さんはくれぐれもクスリには手を出さず、ハニートラップには気を付け、酒は飲んでも飲まれるなっということで一つよろしくお願いいたします。