『夏目漱石の妻』第2回『吾輩は猫である』

前回は"動物的なオノマチ"を前面に出し過ぎていて、仮にも深窓のお嬢さん出の妻という雰囲気が足りない印象があった。第2回はカメラも引き気味だったし、尾野真千子も引くべきところは引いた演技で、自分にとっては納得のできる鏡子像になっていた。

シューベルトソナタばかり印象に残った前回とことなり、今回は清水靖晃のBGMがかなり効いていた。もっとも悲惨な場面でも彼の音楽が画面を過剰にべたつかないようにしていたし、金之助みずから中根家に持って行って持ち帰った長たらしい離縁状が出てくる場面では若干滑稽さも醸し出していた。

イギリス留学で神経をやられて帰ってきた金之助。地上波9時としては幼児ヘの暴力表現にも限度があるので、子供より妻と女中に対する狼藉の比重をふやし、しかも打擲より襟首をつかんでひきずる――それだって、酷いものだが――といった、演出上の工夫が見られた。彼の狂気が最大に発揮されたふるまいは、ゴジラが通過したような書斎の惨状を映すことで、視聴者の想像に任せている。神経衰弱が最悪だった時期、女中が何回入れ替わったのか訊いてみたいものだ。

心を病んで帰ってきた男の表情作りやら、心身ともに苦しいなかでも中根家への気遣いを示すさまやら、長谷川博己にとってはお手の物の芝居なのか。今後この人に演じてもらいたい作家の名前があれこれ浮かんでくる。妻の呼称が「おまえ」ではなく「きみ」なのは、"どれだけ荒れても根はインテリ"という人物像を崩さないため?
猫を追って四足状態で台所に入ってくる金之助。しかし彼が台所から去ると、女二人は何事もなかったかのように作業を続行する。男の奇矯な行動に動じなくなっていく過程が想像される、ユーモラスな場面でもある。

芸達者ぞろいのキャストだが、今回は芝居にかぎっていうと婿に保証人になってほしくて来訪した父と、それを断る娘の対面シーンが圧巻だった。
尾羽打ち枯らした元貴族院書記官長。ダンディー高山がこんな味のある演技をできるようになるとは感慨深い。落魄する前はけっしてしなかったであろう上目遣いで娘を見る。金之助の辛さを理解して、婿が作った「うつむいて 膝に抱きつく 寒さかな」を引用する。最後はなけなしの自尊心をもって紳士的に引き下がる。
自分と同じくらい夫も苦しいことを重々承知している鏡子を演じる尾野万千子にも心打たれた。文学的なセンスはなく抽象的な思考も苦手だが、夫の葛藤を肌で感じ取れる妻の語り口――池端俊策の言葉の選び方がすばらしい。
借金1200円は保証人になってはいけない額だと示したあと、400円かきあつめてくる金之助を見せるので、額の重みが伝わってくる。たびたび性格破綻者であるかのように見える金之助が、家族の愛に恵まれなかったにもかかわらず、身内のためにできる範囲で金策の努力をする男であることも伝わってくる。

警官がやってきた時、『吾輩』よろしく「わたしが伏せったのはあなたよりすこし前ですわ」「ぼくが寝たのはきみよりあとだ」と使えない証言をするかと思ったら、そんな台詞はなかった。

黒猫無双で、暗かった夏目家に薄日が差し始めるエンディング。来週は一難去ってまた一難のようだ。全四話のうち半分終わってしまったので、心して見なければ。