『おんな城主直虎』第39回『虎松の野望』

"まだ十五歳"を強調するためとはいえ、虎松の顔芸のしつこさに辟易した。
ただ、小才覚のあるこわっぱが大人にぺしゃんこにされる展開には、知的ゲームを見るおもしろさがあった。振り返ってみると『直虎』ワールドは、未成年を不当に活躍させないし、いわゆる女子供の正論、きれいごとが通らない大人の世界である。

亥之助が虎松に諄々と説く。「寝首をかくには寝所に入らなくてはなりませんな。そのためには、小姓に上がらなくてはなりませんな」。近藤が逃亡を決意する場面にも共通する、過程をないがしろにしない森下流のよい台詞。

家臣の侃々諤々をうまく利用する家康。阿部サダヲの表情が、『真田丸』より前のお茶の間で共有されていた"食えない古だぬき"っぽくなってきた。最終回までにどこまで重みが出せるだろう。

虎松、亥之助と同時に高瀬も配役チェンジ。高橋ひかるが落ち着いて好演していただけに、今回の妙に明るい高瀬には違和感を持った。

瀬名役の菜々緒が出てくるたびに「あと何回出演できるの?」と思ってしまう。今回は信康も登場して胸アツ。気迫を感じさせるつらがまえに見憶えが……と思ったら、やはり『重版出来!』第5話で若き日の久慈社長を演じた平埜生成だった。昨年6月に「単館系の映画かNHK土曜ドラマで再会したいタイプ」と書いたが、大河で再会できるとは! キャスティングした人に拍手を送りたい。瀬名と信康の最期の場面では、大河らしい重厚なムードが醸し出されると信じている。

秋の時代劇

その1:『名奉行! 遠山の金四郎』(9月25日8:00PM,TBS)
昔の大スターが出た『遠山の金さん』にはまったく興味が持てなかったが、今作にはそんなにベタベタじゃなさそうな匂いを感じたので視聴。手堅い出来のエンターテインメントで、演出は石原興かと思ったら、吉田啓一郎という御仁だった。無知ゆえ存じ上げなかったが、数々の業績を上げたベテランのようだ。松竹じゃなくて東映だけど画面の色調は落ち着いており、安っぽくなくてよかった。
強いて言えば、最初の祭りのシーンと寺での大立ち回りを合計5分くらい削ればさらにピリッとした印象になったかな、とは思う。あと、母上ちょっとウザい。金さんドラマで欠かせない要素なのか?
稲森いずみは時代劇になると女っぷりが3割方アップ。美しくてキリッとしていて大変魅力的であった。
松岡昌宏は中堅男優としては貴重なよき時代劇俳優。なよなよしてなくてもスターでいられるのは、このご時世まことにめずらしいことではないのか。ぜひまた大河に戻ってきてほしい。町人風に出てくる場面の伝法な口調や身のこなしと、高級官僚として現れる場面でのそれなりの格式の演じ分けも安心して見ていられる。時代劇には無用のふにゃふにゃ笑いや妙に深刻な表情を作る癖がないのも好もしい。
みんなの足を引っ張るへたくそなキャストが皆無なのも嬉しい。平田満もいい味を出すようになったなぁ。
ぜひぜひ半年に一度、それが無理ならせめて一年に一度は制作しつづけてほしいドラマである。


その2:『神谷玄次郎捕物控』(9月29日8:00PM,BSプレミアム
藤沢周平の『霧の果て~神谷玄次郎捕物控』の映像化。ダビングしてあるのに3年ぶりの放送をリアルで見てしまった。何度見ても渋くてかっこいい時代劇だ。第一回にいささか艶っぽい場面があるので、やはりNHK総合での再放送はむずかしいかと思われる。
http://yamane-blog.hatenablog.com/entry/2014/04/09/101725
http://yamane-blog.hatenablog.com/entry/2014/04/12/163319
http://yamane-blog.hatenablog.com/entry/2014/05/05/114452

第五回までやったら、『神谷玄次郎捕物控2』も当然再放送してくれるのだろうな??


その3:『池波正太郎時代劇 光と影』(10月3日8:00PM,BSジャパン)
全六話。毎月、第一第二火曜日に放送予定。第一回が『運の矢』で出演者は片岡愛之助雛形あきこ、岡本冨士太。10日の第二回が『武家の恥』というなんともそそるタイトルで、出演は神谷の旦那と鳥飼の旦那...もとい、高橋光臣山崎樹範。ほかに池田愛
脚本は古田求、渡辺善則、藤岡美暢、岩田元喜、坂口理子、山木静子。古田氏があいかわらずご活躍でなにより。


その他もろもろ
10月7日2:00からTBSで『父、ノブナガ』スタート。時空を超えて英雄が現代のサラリーマンに憑依する設定だとか。1話で挫折しそうな予感もある。
現在土曜夜6:05からNHK総合で放送中の『アシガール』。昭和顔の黒島結菜がかわいいので、たぶん最終回まで完走する。健太郎という若手俳優が、たたずまいがちゃんと若殿さましていて立派。そのうち大河に進出するのではないか。
11月3日からBSプレミアムで『赤ひげ』スタート。脚本が尾崎将也という一点のみ気になる。

 

『おんな城主直虎』第33回『嫌われ政次の一生』~第38回『井伊を共に去りぬ』

今年の大河は評価はできても熱中はできないと感じてきたが、ここ数回はドラマとして引き込まれている。

主人公がみずから手を汚して政次を死なせる場面には度肝を抜かれた。
そこまでして井伊を守ったのにあっさり領主の座を下りる直虎や、(真意はともあれ)当時の出産適齢期はとうに過ぎていそうな娘に「孫の顔を見せてくれ」と言い出す祐椿尼には、少々違和感を持った。
のちに天下を取る家康でさえさんざん苦労しているので、小国井伊の人々が今川や武田に翻弄されるのは当然だが、それにしても井伊の人々は武士も農民も難儀なことである。とうてい勝てない勢力に囲まれた集団の悲哀がかなりリアリティをもって伝わってくる。

井伊谷三人衆鈴木重時の遺児が「父を哀れとおぼしめして、経をあげてくださいませぬか」と頼みにくる。
正しい間違っている、加害者だ被害者だ、強い弱いではなく、ともかく亡くなった者を「哀れ」と表する。ひさしぶりに心にしみる日本語を聞いた。主人公が僧籍にあるという設定が幾度となく生きている。

勝ち目のない戦をせず武田に帰順するよう促す直虎に対し、戦いは避けるが帰順はせず、館に火を放って逃げると決める近藤。ここで「ここらが落としどころにござりましょう」という直之。
今年は交渉というものの過程を丁寧に描くところが好感が持てる。その長所を最高に発揮したのが、この「落としどころ」発言ではないか。賢い家臣たる直之の表情も切迫感があってよかった。

高瀬が武田の間者なら、こうなる前に井伊に害をなすような命令を受けそうなものだが……近藤暗殺を命じに来た男がものすごく不気味だった。「近藤殿を殺せば井伊家再興が」と進言する高瀬に、そんなのありえない的反応を示す直虎。坊さんたちの知恵と努力で救った命だから当然とも言えるが、そこで近藤の命と引き換えに家の再興を!とならないところが、一流の政治家になれないゆえんかとも思った。

ムロツヨシは時々やりすぎに見えるのだが、方久抜きでは物語が進まない。初めはトリックスター的な役割を果たしていたが、家臣を死なせてしまったあたりから、錢だなんだと言っても武力がなければ話にならない……世の無常を悟って出家でもするのかと思いきや、新しい商売を始めるしたたかさを発揮した。彼とあやめは本当にいいパートナーだ。夫が流通業、妻が製造業という組み合わせは大河で初めて見た。夫=ATMでしかない女性には、あやめの「与える喜び」は想像もつかないのだろうなぁ。

第38回の龍雲丸は、この作品にしては長い説明台詞を語っていた。小さな小さな自治体の長としてがんばってきた直虎の魅力や功績をまとめ、なかばは過去9か月間のドラマの総括ともなっていた。彼を演じる柳楽優弥はまだ二十代。今時の若手にしては幼稚っぽくない。マーケットの受け手の世界では、比ゆ的な意味で"息子を去勢したがる母親"
が支配するのが今の日本だが、にもかかわらずこの人にはオス的な存在感もあれば、中性的に見える時もあり、自由人、龍雲丸をうまく演じている。オリキャラだからと都合よく不審死させられることなく、健康体で退場した。最終回にジジババとなった二人が出てきて、『坂の上の雲』みたいに龍雲丸がおとわに「お前はようやった」と言うのか? それとも、『太平記』の右馬介よろしく神出鬼没の男になるのだろうか?

今川氏真を長々出してくれるのも今作の美点。氏真は『風林火山』でもいちおう出番はあったが、おばば様から「あっほっ!」などと言われるだけで気の毒だった。『直虎』は、武将としては凡庸でも教養人ではあった点を、ユーモアまじりに紹介してくれている。まさか彼がおばば様を命日に召喚して、武田を死なせる展開とは! OPで「寿桂尼」に「回想」がつかないのをスタッフミスかと思った当方が浅はかであった。

『この声をきみに』第2回

船乗りが長い航海中、妻に本の朗読のテープを送るという話はユニークでいいエピソードだと思った。

キャストだけは魅力的なので、ためしにチェックを始めたが、脱落決定。
授業態度がふまじめな大学生とか、中年男相手にむきになる女講師とか、作り手のセンスが十年か二十年ずれている感じ。穂波は偏屈といっても『結婚できない男』の桑野のようにウィットにとんだコミカルな描写がなされているわけではない。毎日顔を突き合わせる家族ならささいな欠点でも耐えられなくなる、ということはあるだろうが、義母まで極端な拒否反応を示すのはいきすぎにしか見えない。そして、チャラいお友達が穂波よりマシとも思えない。

温かみのある画面作りはどちらかといえば魅力的。
竹野内豊はもちろん、ミムラ堀内敬子も他のドラマか映画でぜひ再会したい。
やっぱ自分は、大森美香のオリジナル作品にはお呼びでないと再確認した。

『眩~北斎の娘~』

光と影を際立たせる照明(佐野清隆)と撮影(相馬和典)とVFXがすばらしかった。稲本響の音楽も画面作りと競うかのように見事だった。ドビュッシーが「神奈川沖浪裏」からインスピレーションを受けて交響詩〈海〉を書いた話を彷彿させる。
海外の映画祭に出品するとのこと、なるほどと思う。吉原の座敷の場面など、もうちょい明かりを落とせばさらに陰翳礼賛したくなるのにと思ったが、外国人にはあのくっきりした赤と黒が受けそうだ。

絵師を主人公にした映画に篠田正浩監督の『写楽』があるが、今作は絵のドラマとして引けを取らないし、人間ドラマとしては明らかに上回っている。わずか一時間十五分弱で「うまくなりてえなぁ」とつぶやきながら、あがいてあがいて描き続けた女の一代記を描き切った。

クリエイター主役のドラマには、己を見つめて狂気の世界に近づくような"内にこもる"傾向を描く手法がある。今作は、決して満足しない絵師たちを描きながら、彼らの目が外に向いていて開放感がある。素人が余計な口出しをすることはあっても、絵師同士の足の引っ張り合いなどは描かれない。BGMも舟が大海原に漕ぎ出だすような、広がりをイメージさせるメロディーだ。

北斎といえば長生きと引っ越し魔――あまりに散らかすので大家に追い出されることが多かったとも聞く――のエピソードしか知らなかったが、〈富嶽三十六景〉制作より前に卒中で倒れていたとは! 北斎の復活が、甲斐甲斐しい妻の看病ではなく、喧嘩別れした戯作者の叱咤激励によるとする作風がいい。失明以前の滝沢馬琴の言葉に迫力がある。
「無様よの。こんな掃きだめで恍惚としおって。絵描き風情が人並みの往生を願おうとも、わしの知ったこっちゃない。だが、わしはかような往生は望まぬな。たとえ右腕が動かずとも、この目が見えぬ仕儀にいたりても、わしはかならずや戯作を続ける。まだ何も書いておらぬ。おのれの思うように書けたことなどただの一度もござらぬ。それは翁も左様ではなかったのか!? 葛飾北斎! いつまで養生しておるつもりだ! それでもう満ち足りたのか? 描きたきこと、挑みたきことはまだ山とあるのではなかったのか!」
こういう厳しい真実味のある台詞を聞くのは、『TAROの塔』(作:大森寿美男)以来だ。

絵が仕上がるまでの工程をずいぶん丁寧に見せてもらった。ベルリン藍の美しさも堪能。
絵師と彫師も偉いかもしれないが、いつ見ても信じがたいと感じるのは、いくら見当があるとは言え完璧に摺り上げる摺師の技だ。

武家の葬儀で遺体に懐剣が置かれる場面は多々見てきたが、町人だとカミソリでいいのか……。

お栄の母や義妹のような普通の女には独善があり、絵師、戯作者には人でなしの業がある。火事を見物すれば、焼け出される人々に思いをいたすより、炎の色を分析してしまう。北斎が亡くなった時、お栄は父の指から筆を取り上げようとしてとどまり、「もっと描いとくれよ」と言いたげに筆を握らせる。父を失うこと以上に、絵の師匠を失うこと、その制作が途絶えてしまうことが悲しいのだ。

彼女は絵のためだけに生きている。口うるさい女どもと争って消耗する愚は犯さず、軽くいなすところが意外と賢い。
ずけずけ言う善次郎には、落ち込んだ女を慰める優しさがある。

視覚的にひきつけるドラマだが、役者陣の口跡の良さが粋な江戸の芝居のムードを醸し出す。

黒船が来ようと地震が起きようと、人の営みは続いていく。光と影の世界が止まることはない。
闇が支配する夜に強く惹かれてきたお栄。彼女の渾身の一作のアップで物語は幕を下ろす。

世間的には宮崎あおいというと『篤姫』や明るいメジャー映画の印象が強いかもしれないが、極私的には単館系の映画や『ゴーイングマイホーム』での"人と馴れ合わない"役で光る女優さんだ。パッチに着流しの男性的な身ごしらえに、時々ほんとうに男の子のような身のこなし。おそるおそる蘭画を納める仕草や、気を取り直して浜辺を歩く姿など、決して好きな女優ではないにもかかわらず、うまいなあと唸らされる。衣裳の組み合わせも斬新だった。
死ぬまで枯れない天才を演じた長塚京三もはまり役。
『八重の桜』以来気になる中島亜梨沙は、宝塚仕込みのあでやかな日本舞踊で楽しませてくれた。
西村雅彦はいつのまに"西村まさ彦"に改名していたのか!? 

骨っぽい原作(朝井まかての『眩』は未読)さえあれば、大森美香でもこんな見ごたえのある作品が書けるのかと驚く。会話文の抜粋が巧みだと言うべきか。
NHKは、どうしてもたびたび女大河を作らないと気が済まないなら、このレベルの文化ドラマを指向してくれないだろうか? でも、大河だったらお栄が瞼に目玉を描くようなバカキャラにされてしまうのだろうな……。そんでもって「絵なんか描かねえで子供産めばよかったな」とか言わせんだろうなぁ。

佐野元彦の制作ドラマとしては群を抜いた出来。もう一人の制作担当、中村高志は『照柿』、『坂の上の雲』などすでにいくつか傑作を手がけているようだ。演出はさすがの加藤拓。今のところ、今年の単発ドラマとしてはこれがマイベストだ。再見に耐える秀作とはまさに『眩』のこと。

『全力失踪』第3回

*今週の磯山
東京に戻り、ホームレスになる。
タカが仲間にしてくれる。
ホームレスの先輩にいろいろ教わりながら、発見に満ちた生活を送る。
タカの家族に会いに行く。
タカさん死す。
ホームレス同士で遺品争いが発生。磯山は大事な箱を奪取、現場から脱走する。
タカの家族に"遺産"を持っていく。
住み込みでラブホテルの受付を始める。
ホテルのオーナーが襲われる。
犯人とおぼしき女の似顔絵を残してホテルを去る。

上記以外にも、女房に「上司はスケコマシだ」と忠告を与え(小学生3人の台詞が一番笑えた)、また留守宅部隊にも動きがあり、映画一本にも相当する充実した内容。心に残る50分だった。
CMがないから集中が途切れにくい、というのを差し引いても適度なテンポで飽きさせない演出である。

磯山はふだんは積極性のあるタイプではなさそうだが、社会から疎外された身分になったからこそ、なんとか人とつながろうと試みるのではないか。
タカも地獄を見たが、家族も地獄を見た。妻子の生活の困窮が短時間で伝わってくる。
亡き父が貯めた札束、そして励ましのメモを見る息子。感動せよ! のお節介なBGMも、余計な回想シーンも説明台詞も、息子の涙もない。淡々として硬質な演出が心にしみる。

辻萬長ほどの役者を使ってたんなる寝たきり老人で終わるとは思えない。最終回で何をやってくれるのだろう?
このドラマで一番ユニークなのは、金貸しの高峰の描き方である。磯山の父と同じくらい今後の予想がつかない。とりあえず、ななみは変なおじさんを家に上げるのはやめたほうがいいと思う。

『悦ちゃん』最終回

これはハッピーエンドが約束されたコメディだ。春奴は碌さんをあきらめて旦那との腐れ縁に落ち着きそうだし、碌さんは鏡子とゴールインだろうし、だったらカオルは夢月とくっつくしかないだろうと予想しつつも、負傷した碌さんが囚われの身となるシーンがことのほか長く、これはどうなることかと少々やきもきした。

鏡子と悦ちゃんのコンビは間違いない!と思わせ、でもカオルもいじらしくて可哀想だなと思わせ、だが片思いの相手を手厚い看護という形で独占する場面には、恋心というシロモノのあまり綺麗でない部分も描き……一筋縄ではいかない終盤だった。

「超絶楽しいドラマ」とのふれこみだったが、終始抱腹絶倒のコメディではなく、色恋のままならなさやら、先立つものがないと目が曇りがちな男心やら、商業主義と作家主義の相克やら、いろいろな人情の機微が温かく描かれたヒューマンドラマであった。それでいて、機微なんてものがわからない小学生でも笑ったりドキドキしたりしながら、楽しめたのではないか。
朝ドラでは明治~昭和初期の中流家庭から「ばあや」や「ねえや」の存在が消されることが多々あるそうだが、『悦ちゃん』はそのへんの考証がきちんとしていた。(そうでなければ、鏡子と碌さんの距離が近づかないということもあろうが) 日下部、大林、柳、池辺の四家族の暮らし向きの違いが、一部マンガチックではあれしっかり描き分けられていたのも階級を無視できない時代ドラマならではのおもしろさ。

橋本由香利の音楽センスが光った。よくぞ獅子文六の歌詞にぴったりなメロディーをつけてくれたものだ!
今後は"脚本:櫻井剛"のドラマがあったら、一度はチェックしてみたい。
演技面では、なんといっても平尾菜々花の功労大である。子役から年寄り役までうまい人ばかり出てきたが、最後はウルフルズトータス松本が一瞬顔を出すだけという贅沢な配役だった。