『ピュア! ~一日アイドル署長の事件簿~』(全3話)

今年のお盆シーズンは『いだてん』以外の総合番組全滅……ではなく、セのつくものと無関係なドラマならと期待していた。
昨年の大傑作『満願』のようなゾクゾク感は味わえずとも、不愉快ではないひと時を過ごすことができた。この調子で今夜も明日の晩も飛ばしてもらいたい。
まっっったくピュアではない腹黒アイドルと、高ビーでいちいち大げさな身振りがこっけいな捜査一課刑事がタッグを組んで難事件を解決する。
蒔田光治・作 とのことで、なるほど『ハードナッツ!』や『スリル!』とノリが似ている。
芸達者など出演していなくとも、脚本にユーモアがあって演出家がテンポよい画面作りをすれば、ちゃんと笑えるドラマができるのだと再確認した。刑事がジャガーに乗っているのは、『主任警部モース』へのオマージュ? どの場面がどの映画やドラマのパロディか、すべてわかればなお楽しめるのだろう。こんなお馬鹿ドラマに1時間10分割くことを許可してくれたお偉いさんに感謝したい。

 

『いだてん』息切れせず

7月に入ってからも箸休めの回やら残念な回やらがまったくない。歴代の傑作大河の中でも、なかなか稀なことではないだろうか。

第28回『走れ大地を』
「実はな、記者を辞めようと思う。新聞なんて無力だ。いくら得意になって政府を批判したところで、庶民の暮らしはちっとも楽にならない。だったら代議士になって村の用水路一つ直したほうがよっぽど世のためになる」占ってやろうとお節介焼くマリーに「ちょっと、おばはん黙ってて! ……俺は政治で日本を変える。お前はどうする? 本気で汽車を続ける気はあるのか」「ああ」「だったら、特ダネの一つも取ってきたらどうだ」
桐谷健太史上もっともかっこよいシーンの一つではないか。これから政治家、河野一郎の立場でまーちゃんと喧嘩したり協力したり、丁々発止で楽しませてもらえそうだ。あくびが出そうだった朝ドラでもこの人の役だけは詐欺師的ではあっても人間味があっておもしろかった。これからNHKドラマでどんどんいい役がつくとよいな!
しかしやはりよいのはクドカンの台詞のセンスである。「用水路一つ」という名詞を選ぶところが信用できる。「おばはん黙ってて」も彼特有の照れ隠しかもしれないが、好きだ。

色男の高石が荒れていると、松澤が「おい、関西弁。関西の顔になってるぞ!」もう笑うっきゃないのだが、この場面は視聴者によっては「ふざけすぎ。ギリギリアウト!」かもしれない。
松澤はまーちゃんのことを「ほっておけないと思わせる何かがある」と評する。『あまちゃん』のアキもそういう造形だったような。演出と演技ががっちりタッグを組んで、メフィストフェレス的なだけではない人たらしを巧みに造形している。

スランプに悩む前畑が「三食ついて英会話まで習わせてもらって云々」。これが当時どれだけ贅沢なことだったか、東京を中心に描いてきたからいまいち伝えきれていないのが若干残念だが、あくまで水連や陸連から見た日本と世界を描いているのだし、なんといっても一話45分なので、これ以上望むのは贅沢というものだ。

オリンピック応援歌の発表日が5月15日!! なんというドラマチックな偶然か。日付を聞いてここまでどきっとするのは、やはり近現代大河ならではである。歌詞が採用された少年のインタビュー記事に「『三勇士』に応募しようと思ったが間に合わず」とあり、世相を感じる。

狙撃された犬養毅の血のしたたり方がどろっとしていてけっこうリアル。出番は短かったが、塩見三省の俳優人生でかなり重みのある役だったと思う。この人、クドカンと組むといつもの力みが消えてさらっとよい芝居をするなぁ。


第29回『夢のカリフォルニア

ロサンゼルス五輪で大活躍した若手ではなく、ピークを過ぎたベテランに光を当てた、たいへん心に残る回であった。
後進を育てるのも大事な役割と己に言い聞かせながらも釈然としない思いを抱え、深夜に自主練し、選考会では落選の結果を受け入れて静かにプールサイドを去っていく高石。斎藤工はときどき色物的な扱いをされることもあるようだが、今回はこんな味を出せる役者なのかとしみじみ感動した。
"Whites Only"――これが何度も何度も映るのだが、押しつけがましくアップにしたりしないのが『いだてん』の『いだてん』たるゆえん――の表示があるプールで守衛を務める黒人男性。貧乏な日系移民に仕事を奪われた経験があり、日本選手を温かい目で見るなど考えられなかったのに、一人で黙々と練習する高石の姿を見つめる目に何かが宿っていく。選考会で泳ぐ高石に"You can do it!" 高石の頑張りを見せたいからか息子を連れてきたところにも心を打たれる。
そしてなんと言ってもまーちゃんである。「日本人は情緒的でいかん。メダルが取れなきゃ五輪に出る意味がない」とか言ってたのが、「日本を明るくしたいから選手にメダルを取ってほしい」という本音を漏らし、選考会では高石に「がんばれ、かっちゃんがんばれ!」「かっちゃん、お疲れ」。デリカシーがなかろうが根はホットな一面が出ていて惹きこまれた。最初は金の話しかしなかった岸体育協会会長が駅伝を観戦するうち夢中で選手を応援しだした場面を思い出す。

日本国内が不況で、それなのに人口ばっかり増えていくもんで、外国に移民せざるをえなかった、という当時の世相がどれだけ視聴者に伝わったか少々疑問である。そこを踏まえないとその後の日本の辛さも理解できないのだが。

日本側の主要登場人物はみなよかったが、今回の決め台詞は"You can do it!"。関東大震災の回も人見選手が主役の回も映画一本分の重みがあったが、この一幕も映画の一こまのようであった。
黄色人種がプールに入ると、「汚ねえ」とばかりに水から上がる白人選手たち。陸上ではアフリカ系大活躍の21世紀でも、水泳ではいまだに黒人選手をめったに見ない。90年ちかくたっても状況がかわらない差別があるに違いない。

土曜スタジオパーク』で阿部サダヲ皆川猿時がいろいろ宣伝してくれたおかげで、次週が楽しみでたまらない。

上半期の映画

『マダムのおかしな晩餐会』(監督:アマンダ・スティール)
階級社会フランスを舞台にした有毒成分高めのコメディ。リッチなマダムの強引さにドン引き。最後をポジティブに終わらせたいにしても、若干無理のあるエンディングと感じた。

ヴィヴィアン・ウェストウッド 最強のエレガンス』(監督:ローナ・タッカー)
タッカー初の長編ドキュメンタリー。パワフルなファッション・デザイナーの一代記としては手堅い出来。本業に才能を発揮してきた人が、最後は浅薄な流行に乗った活動家もどきになってしまったのはかなり残念。

『映画 刀剣乱舞』(監督:耶雲哉治)
ゲームはしないしミュージカルのことは知らないし、内容についてもほとんど知らなかったが、チャンバラが見たくて鑑賞。
予想以上の満足を得た。一流のアニメ脚本家として名高い小林靖子が脚本担当。音楽は北野武作品や数々の時代劇ドラマでかっこよいメロディーを聞かせてくれた遠藤浩二。キャストは知らない若手が多かったが皆さんハイレベルであった。とくに三日月役の主演、鈴木拡樹の演技に感嘆した。野村萬斎を彷彿させる落ち着いたたたずまい、若いころの西村雅彦に似た性質、完璧なせりふ回し。じつは千年以上前から生きていた、という設定に説得力を持たせていた。

ヴィクトリア女王 最期の秘密』(監督:スティーヴン・フリアーズ
ヴィクトリア女王と、即位50周年記念式典に記念金貨を運んできたインドの若者の心の交流を描く。信じがたい内容だったが、実話ベースであるとのこと。異文化の衝突、身分違いの人間同士の相互理解。盛られた話と真実の違いとは? 
ジュディ・デンチの名演技を堪能。アブドゥル・アリ・ファザルは実力派二枚目という印章で、今後もイギリスのドラマや映画で活躍しそうだ。撮影は『英国王のスピーチ』のダニー・コーエンということで、画面は豪華だが決してけばけばしくならない。潤沢な資金によるコスチューム、大道具小道具を堪能。インドがからむイギリス映画というと、昨年公開の『英国総督 最後の家』は流血多めだったが、やはり歴史ドラマとしておもしろかった。イギリスは世界各地に迷惑をかけてきたうえに、旧植民地がらみの小説や映画でがっぽり儲けており、まあいろいろとブリカスの名に恥じない国ではある。

『サムライマラソン』(監督:バーナード・ローズ)
チャンバラが見たくて鑑賞。
監督が外国人ゆえの違和感はとくになし。しいて言えばBGM(フィリップ・グラス)とスローモーションのかぶせ方が邦画とは違うとかんじたくらい。
金栗四三が生まれる前に日本人が長距離競走をやっていた!? 行きはマラソン、帰りは戦。縄のひっかけ作戦がつまらないと思ったアクション映画ファンもいたようだが、自分は快哉を叫んだ。
佐藤健の芝居のうまさ、高いアクション能力は期待通り。小悪魔的なイメージが強かった小松菜奈だが、まっとうな姫のムードも出せてちゃんと銀幕の花をやっていた。板倉の殿のキャスティングが長谷川博己とは、なかなか贅沢。

『キングダム』(監督:佐藤信介)
原作未読。脚色担当は佐藤信介、黒岩勉、そして原作者の原泰久
内容はほとんど知らず、アクションが見たくて鑑賞。
血沸き肉躍る活劇を拝めて大満足である。なんだ~、日本映画も現代ではない時代、日本ではない国を舞台にすればおもしろい戦争映画が撮れるんじゃん! 大規模なロケ、敵に容赦しない将軍たち、頭をフル回転させ、体もめいっぱい使わなくちゃ生き残れない過酷な世界。なにより戦いに際して余計な躊躇趣味を発揮する人間がいないのがよい。長澤まさみのかっこよさに惚れた。映画やドラマの監督たちはこれまで彼女の素質の何を見ていたのだろう! 始皇帝の若き日を演じた吉沢亮にも目を見張った。やんちゃな兄ちゃんをやれる若手は多々いるが、王の冷たい威厳を体現できる人は希少である。
気分爽快で映画館を後にできたが、『空母いぶき』予告編にただよっていた微妙な感じが気になった。鑑賞済みの映画ファンによれば、原作無視なんて生易しいものではなく、中国軍が敵から有志連合の一員に変更という噴飯ものの大改悪映画だったとか! 『沈黙の艦隊』同様、OVAにすれば原作のまま映像化できそうなものだが、そっちの話はないのだろうか。

『ねじれた家』(監督:ジル・パケ=ブレネール)
上半期の洋画としてはこれが一番の好み。原作はアガサ・クリスティー。『ダウントン・アビー』や『ゴスフォードパーク』で名高いジュリアン・フェロウズが脚色。
無一文から巨万の富を築いた大富豪レオニデスが毒殺され、その孫ソフィアが私立探偵で元恋人のチャールズに捜査を依頼する。
立派な屋敷に三代にわたる家族が同居しているのだが、同じ建物内とは思えないほどそれぞれ室内の装飾が異なる。登場人物のキャラの違いをここまでインテリアで際立たせた作品は近ごろ記憶にない。
ミステリになじんだ観客なら、なかばあたりで犯人の目星はつくと思う。あとは犯人確保の瞬間をどう描くかだなぁ~~となかばドキドキしながら画面を眺めていたら、まさにぶった切るようなエンディング! 2時間かけなくても濃厚人間ドラマはじゅうぶん作れるお手本のような映画であった。懐かしのテレンス・スタンプやらごひいきの――でもちょっと老けちゃった? ――ジリアン・アンダーソンやら、思春期の少年には目の毒な感じのクリスティーナ・ヘンドリックスやら豪華キャストの丁々発止も見ごたえたっぷり。チャールズを演じるマックス・アイアンズはなんとジェレミー・アイアンズのご子息なのか! 父上のおもかげはまったく感じなかった。アマンダ・アビントンはワトソン博士の奥さんやってる時とはまた違うおもむき。オナー・ニーフシーは末恐ろしい子役である。
ケネス・ブラナーのリズム感やアクション・センスがまったく肌に合わない当方としては、今後のクリスティーものは極力パケ=ブレネールに撮ってもらいたい。

『いだてん』第27回『替り目』

とっくに折り返したのにと思ったが、今回が本当に主役の替り目だった。
クドカン&大根仁のコンビにしてはしんみりしちゃったなと思ったが、しんみりついでに人見選手の最期を入れなかったのは見識。
前回がりっぱな『人見絹枝の一生』で、若くして亡くなったことにも紀行で触れたので、今回登場したら興ざめというもの。
しんみりしたふうでも、若き日の孝蔵があいかわらずギスギスしているおかげで、全然お涙頂戴なんかにはならない。

まーちゃんは全方位失礼だけど愛嬌もある、というキャラ設定だが、もう一つ極私的な魅力ポイントを発見した。日本人にはめずらしくいろんなことに"余計なストーリーを加えない"のだ。陸上や水泳のタイムがよければ性別にこだわりなく評価する。前畑に「貧乏なんだろ?」と失礼な言葉をかけて松澤にひっぱたかれるが、「金がない」という事実を述べているだけで、別に貧乏だから見下しているわけでもないし、貧乏なのにがんばってるからと妙な感情移入をするわけでもない。ああいうところを風通しがいいと感じる。この調子でGHQにも失礼なことを言ってくれるのかしらん。それとも白洲次郎の専売特許は奪えない?

四三をきびしく育て、家長として並々ならぬ援助をしてくれた実次が若くして死ぬ。中村獅童は『八重の桜』のもののふぶりが魅力的だったが、今回もたいへん印象深いよき兄さまだった。愛情の深さも忘れがたいが、もう幾江の顔を見た瞬間の「すいまっしぇん!」芸に笑わせてもらえないのかと思うと寂しい。嘉納しぇんしぇいに会えてよかったな!

幾江が「子に先立たれるくらい辛いことはない」とシエに声をかける。あの時代、その経験をしなくてすんだのは例外的に幸運な一握りの女性だけである。このあたりのさらりとした演出も好もしい。
「故郷に帰る潮時。老いた母親に孝行もせねば」という金栗。「妻のためじゃないのか?!」と某界隈が噴きあがるかと危惧したが、それはなかった。

田畑政吉は誰もいないところでは人を褒めたりする。時代遅れだのメダルが取れなかったのと金栗をけなしてきたものの、最初に道を切り開いた人間への敬意を吐露するシーンの美しさよ。思い出は「甘い紅茶と菓子」と語る金栗。もっとも個人的で内面的な味覚をピックアップするクドカンのセンスに痺れる。その後の人生で金栗は甘い紅茶に菓子をひたすたびにストックホルムの記憶が蘇るのか……。

土曜スタジオパーク』を見て以来、ロサンゼルス五輪のエキシビションが楽しみでたまらない。

『いだてん』第二部も快走つづく

『いだてん』の何がいいって、ドラマ全体にタイトルどおりの疾走感や生命力があふれているところである。
さらっと見てもおもしろいし、再見すればいつも新しい発見がある。
クドカン本人が全然エラソーじゃないしインテリぽくもない(失礼!?)ので作品自体も単純だと思われることもあるようだが、じつはウルトラC級の頭いい複雑な構成なのだ。志ん生が語る現代日本史の体【てい】をとることで多くの陸上選手やその関係者、さらには無関係者が無理なく物語におさまっている。マラソンひとつとっても、人によって色々な見方があるという説明にもぬかりがない。五りんが大事な家族写真を出すシーンには胸が熱くなるとともに、「ホントにうまいなぁ!」と感心。緩急の見事さは脚本だけでなく演出家の腕によるところも大きい。後半はそれプラス、阿部サダヲの身体能力と滑舌か。

前半戦は掛け値なしの傑作であった。
愛すべき”腹っぺらし”が一介の陸上選手から長距離走の布教者、教育者となり、関東大震災後には食糧難にあえぐ人々のために重い荷を運搬し、心がふさいだ人々を励ますために、運動会を開催する。四三は、走るだけでもじゅうぶん多くの人々に夢や希望を与えた男だが、ご馳走を配ってまわった韋駄天そのものの役割も果たす。大河の中盤でここまでタイトルの重みが迫ってきた経験は初めてだ。震災後一度熊本に帰ったのは――まさかと思うことがことごとく真実なこの大河にはめずらしく――創作だという。だが養母に「こんな時こそ困った人のために働かんでどぎゃんする」みたいに叱咤する場面を与えたのは高ポイント。21世紀よりも明治大正のほうが人の上に立つ器量のある女は多かったんではないか、とも思わせる。昔の女といえば、ほんの30年ほど前には、今回の四三よりも重そうな荷物を背負った”担ぎ屋さん”とよばれるおばさん、おばあさんを時々電車で見かけたものだ。2019年の平均的日本女性の何十倍のカロリーを使って生きていたのだろう……。

池端俊策大森寿美男のような名手でもオリキャラを扱いあぐねる場面に遭遇したことはあるが、今年のシマちゃん先生の造形には脱帽である。才能あふれるスター選手にあこがれ、あるいは発掘し、応援する名もなき大衆の象徴の意味合いもあるのかもしれないが、短い一生を駆け抜けた姿が忘れがたい。演じる杉咲花は、安全な場所で生意気言うタイプが得意そうな女優のイメージが強くて正直苦手だったが、今作では終始惹きつけられた。とくに、今とは違う時代の既婚女性の落ち着きを表現できたのは意外であった。もしかしたら谷村美月なみのポテンシャルがあるのかも……。

後半戦に入ると、主人公は人たらしなところはあっても基本的に素朴な好人物だった金栗から口八丁手八丁でせわしなくて野心満々の田畑政吉にバトンタッチ。ここ数十年日本に害悪ばかりもたらしている朝日新聞社にも、五輪選手育成に燃える男がいたとはびっくり。前半よりも主要登場人物たちと国を動かす男たちとの距離が縮まった。高橋是清に「オリンピックは直接お国のためにはなりませんな。でも、若い人の励みになります」と訴える場面。こういう考え方を全否定したがる人々は、かわりにいったい何を提供してくれるのだろう。
バーで騒いでるマーちゃんの背景に、さりげなく大正天皇危篤のラジオ放送を流すところがうまい。この放送が聞き取れなかったとしても、ドラマを楽しむうえで差しさわりがあるじゃなし。「マーちゃんは(からみそうだけど)全然からんでいません」を繰り返して客を笑わせながら歴史上重要な事件を説明していくのもなかなかのテクニック。

マーちゃんが「すいませ~ん、うち金持ちなもんで」みたいに自慢したり、蔵相に直談判して六万円ぶんどってきたり……「金は汚い」とか「金持ちは悪人」みたいなドラマしか作れなかった時代にくらべれば、こういう部分は確実に進歩している。先立つものがなければ何事もなしえないのだ。六万円を水連だけで独り占めしたっていいところ、陸連にもちゃんと分けてやるところは偉い! そんでもってことあるごとに「ぼくが集めた金」とアピールするところが日本民族の謙遜DNAが完全に欠落した感じでなかなか痛快。
「嘉納先生が15年かかってもできなかったところをいともやすやすと!」と可児に言わせる脚本の親切さよ。
後半の主人公は前半の主人公も嘉納も罵倒し、シマちゃんの名が出れば「誰ですか、それ?」。すさまじい相対化にちっとも腹が立たない。

マーちゃんはずうずうしい男だが、低身長はちょっぴり気にしていたみたいで、人見絹枝といっしょに写真を撮るときは、セッシュウしているのが愉快。

大震災からアムステルダム五輪までの回は、超一流のスタッフあればこその出来栄えであったが、菅原小春がキャスティングされなかったらあそこまで人見絹枝に説得力が出たか疑問である。濃紺のはかま姿でりりしく登場した瞬間、「これはただものじゃない」と感じさせたし、五輪での身体的迫力も彼女ならではであろう。「品も負けん気もある」と評されて違和感なし。ちょっと癖のあるイントネーションも真っ正直な役柄に合っていた。人見選手が「化け物」呼ばわりされたことと直近の五輪で活躍した女子選手が「霊長類最強」と形容されたことを同列に語る向きがあるようだが、かなり違うのではないか。実在の男性格闘家が「霊長類最強」とはやされたのを女性選手にも適用しただけで、揶揄がゼロではないにせよ強さを肯定していることはたしかなのだ。それにしても上流階級の弥彦ぼっちゃん、シベリア鉄道では洗濯どうしていたのかしらん。安仁子が夫以外の黄色人種のふんどしを洗うとは思えぬ。男子選手が人見選手に裁縫を押しつけたそうだが、彼らのうち何人かは数年後に兵隊にとられて裁縫術を身に着けたことだろう。

いくら今よりいろいろ緩い時代だからって、いきなり100メートル選手が「800メートル走にも出たい」と言って通ったのか!? と思ったが、史実ではもともと申し込んではいた由。劇的効果を出すためには触れなくて正解だったのだ。必死で懇願する人見を前に、「わかった、だが君を死なせるわけにはいかん」と作戦会議を提案する野口。マーちゃんからメンタルケアの重要性を学んだのに、100メートル走直前の人見選手にプレッシャーかけまくりで「使えないやつ!」感全開で評価だだ下がり。それがこの会議提案でかなりアップした。四三と弥彦が孤独に手探り状態で戦った時代に比べれば、チーム力やデータの蓄積など向上したことがわかる場面であった。国内の野次馬連中とちがって、五輪チームの男どもは、まあちょっとアレなところはあっても、ちゃんと姉御に力を貸してくれるのだ。そして人見絹枝は2位でゴール。自分との闘いやらライバル選手との闘い以前に、”後に続く女性たちのために”絶対負けられない闘いでメダルを勝ち取ったのだ。スポーツに限らず、昔の女性先駆者の覚悟と努力に頭が下がる。令和元年現在、日本で女性が向上心を持っても比較的叩かれにくいのがスポーツの分野だし、女もおとなしいより明るく活発なのがよしとされる傾向がある。高度成長期に”楽しいこと”がいいこととされた影響なのだろうか。ともあれ、1位も2位も世界新というのがまたすばらしい。
日本には女が小太刀や薙刀などの武芸をたしなむ”仕事以外で体を動かす”伝統があった。足さえ出さなければ欧米由来の運動も批判を免れたのだろうか?
彼女の活躍に触発されたかのように水泳チームもメダル・ラッシュ。惨敗した前回の五輪から短期間でよくやったなぁ!

スポーツ技術だけでなく通信技術についても説明されていて、国内の記者が電信機に貼りついていたとか、写真はとても間に合わないから事前に気分が出せるものを用意していたとか、新聞豆知識が楽しい。日本選手の活躍を告げる記事の「超人ワイズミュラー優勝」に目が留まる。この人、ハリウッドにも行ったんよ。
全然仲間に反応してもらえずに「ニャンダァ?」とか「ニャニィ?」とか騒ぐマーちゃん。サダヲが遊んでいるだけなのか?

帰国する選手団を出迎える場面。「大騒ぎするんじゃない。あくまで冷静に」というマーちゃん。おまいが言うか! 絶対ムリだろ! 直後に「みんな~! よくやった~~!」で大笑い。

マーちゃんはあらゆる人間に分け隔てなく失礼に接するなかなか……なかなか珍しい男だ。銀メダルと銅メダルを誇らしげに見せる高石の鼻先に鶴田の金メダルを突きつけて「これが金メダルか~! 全然輝きが違うな! な、かっちゃん?」が最高におかしい。いつのまにか、大河の主人公は血の通わないきれいごとばかり並べるイケメンやら、自虐的に欝々する坊ちゃんやらタイプがふえてきたが、今年は四三もマーちゃんも躍動感があってたいへん結構!
実家のおっかさんの言い草がいかにもあの時代の日本人である。「拾いものの人生、お国のためにばかでっかいことやらにゃあ、罰が当たるで!」。あれこれ異論が出そうだが、いまどきの母親より社会的な視点を持っている。父親の死を理解できずに走り回っている甥姪を見て、「(短命な自分が結婚して)人を不幸にしちゃならん」と言うマーちゃん。ちゃんと良心もあるんだにゃ。
日本チームが好成績をおさめたのに、さっそく米国に対抗意識を燃やすマーちゃん。生き急いでるな!

『明日なき暴走』は小説の題かと思いきや、ブルース・スプリングスティーンの"Born to Run"のことだったのか。暴走するマーちゃんのことだけでなく、ほんとうにトラックを走り、布教活動に駆け回り、24歳で散っていった人見選手のことも指していたのだな。

トクヨの予言どおり、中傷を称賛に変えた人見のラジオ演説。「だからみなさん、勇気を出して走りましょう。(ここで前畑のカット!!)飛びましょう、泳ぎましょう。日本の女性が世界へ飛び出す時代がやってきたのです。大和魂を持つ日本女性云々」。何度も万歳が出てくる回だったが、亡妻の悲願がかなって万歳する増野の姿に一番尊さを感じた。
軽やかなピアノの音で幕を閉じた『明日への暴走』。名作映画を一本鑑賞したような心地である。将来何本、女性主人公大河が作られたとしても、この45分にかなう作品は当分出ないであろう。

来週はシマちゃんの思いを継いだ人見選手の活躍に励まされた前畑選手が出る。7か月をふりかえっただけでも、堂々たる大河ドラマであると確認できる。

今年は本編だけでなく大河紀行が充実している。実際の人見絹枝選手の写真を見ると、本物の紳士のようないい顔だなと思う。

大型スポーツイベントの例に漏れず、オリンピックも純粋に健康的なだけのイベントではなくなった。それでも、障害者の五輪が行われ、アムステルダム五輪当時は白人に家畜扱いされていたアフリカ系やジャマイカ系の選手が大活躍している点は進歩と言えそうである。

今後はヒトラーも出るそうだが、リーフェンシュタールの『民族の祭典』がチラとでも映ったら映画ファンは興奮するだろうなぁ。無理かなぁ。

かたよったものの見方や表現しか許さない"自称リベラル"が難癖つけることが多々ありそうだが、大河スタッフ、キャストの皆さんにはぜひぜひこのまま突っ走っていただきたい!

コメディ・ドラマ

『おしい刑事』
おもしろそうな企画だなあと思っていたのだが……演出のテンポがコンマ数秒、自分の生理と合わなかったらしく第一話でリタイア。

『大富豪同心』
豪商が財力に物を言わせて孫の卯之吉を奉行所に就職させる。お孫ちゃんは、賊を前にすると恐怖のあまり目を開けたまま気絶してしまう。気絶してるあいだに助っ人が現れて代わりに賊を打ち取ってくれたり、あるいは賊が勝手にオーラを感じ取って戦わずして平伏してくれたりする。なんやかやで卯之吉は同心見習いから同心に昇格。

『八重の桜』での気品ある松平定敬役が忘れがたい中村隼人が卯之吉を、神々しいような照姫役が忘れがたい稲森いずみが卯之吉に惚れる人気芸者を演じる。ばかばかしいようなお話だからこそ基礎がしっかりした役者がやってくれないと画面がしまらなくなる。卯之吉にいらつく上司役の池内博之、卯之吉を凄腕と勘違いして惚れ込む三右衛門親分役の渡辺いっけいも含めて、芸達者が揃っていて安心感がある。芸者・菊野が卯之吉に酌をする何気ない場面の、二人の所作の美しさに見ほれた。第五話はお気に入りの山田純大がゲストで〇!
今後、卯之吉が幼少期の記憶を取り戻すと深刻なムードになりそうだが、コメディとの塩梅をどうするのか興味津々。
脚本が小松恵理子……この人の作品はいつも苦手だったが、今回は原作と肌が合ったのか、手堅い作劇と感じる。
エンディングでは、竹島宏の『夢の振り子』に合わせて出演者たちが踊る。なんとも昭和な感覚で若者たちにどう受け止められるのか若干心配だが、楽しく笑って見終えることができるドラマが放送されて嬉しいかぎり。
他の作品と比べると、公式HPがおおぜいのスタッフをきちんと紹介していて好感が持てる。
中村隼人がバートラム・ウースター的な役回りで、和製ジーヴス・ドラマが作られたらおもしろそうだ、などと思ってしまう。

『いだてん』
コメディの一言では表せない多面的な傑作だが、あえて今回の記事に付け足し。
クドカンだから期待はしていたが、予想以上に中身のある出来で毎週楽しみにしている。クドカンの何がいいって、ちっとも偉そうにしないで、わずかな回数でマラソン選手にしかわからない喜び、苦しみ、地下足袋から今日のランニングシューズに到達するまでの細かい改良、応援する人々、白眼視する人々、資金繰りの苦労、四三の頑張りをたたえる人、四三に触発されて一歩を踏み出す女子アスリート、(日本ではあまり知られていない)ヨーロッパ人にとっての第一次世界大戦の重み等々、世界史におけるスポーツ史みたいなものをしっかり描き出していることである。大学の体育学部の教材にしてもいいくらいの内容ではないだろうか。
猪突猛進の四三を全身で演じてなおかつオーバーアクトをやらない中村勘九郎には毎度感心する。なかでも印象に残っているのは、愛妻に「帰ってぇ!」と言うタイミングとイントネーションの見事さ。そして、大学駅伝でよれよれでゴールした慶応の選手にかける「よくがんばった! (でも、8時間超のタイムに)遅か~! あ、でもよくがんばった」。
第21回『櫻の園』は、女子の環境を変えようとするとまっさきに反対するのは他ならぬ女性であることをきちんと描き、さらにおしとやかで競争なんか嫌い! ふうの令嬢たちも、同輩が喝采を浴びると俄然競争心を芽生えさせてしまう、みたいな展開を温かなユーモアを交えて描いて秀逸。オリンピック選手にとってのスポーツは、記録向上には苦しみがつきものという世界。だが、今回の女学生の姿を通して、まずは体を動かすことで解放感や幸福感を覚えるのもスポーツということを教えてくれる。
史実からおもしろいネタをたくさん拾ってきたスタッフが、なぜわざわざ家庭とスポーツの両立を勧める開明的な男を創作したのかよくわからない。(当時、高等師範を出たような女性の嫁ぎ先には姉や婆やの類がいるのが普通で、家事育児と家庭外のアレコレの両立がたいへんというより、両家の奥様は家にいるべきという世間の目が問題だったと思われ)が、五りんの「今まで出てきた男ときたら、飲む、打つ、買う、走る」は爆笑ものの台詞であった。

愉快な映画を連発してきた大根仁が演出をやってくれるとは、なかなか贅沢な日曜の晩である。

 

『いだてん』第11回『百年の孤独』

月刊TV雑誌"TVnavi"では第11回は『威風堂々』と記載。負けたりとはいえ堂々たる走りを見せた弥彦にふさわしいけれど、『百年の孤独』はより深みがあってこれでよかった。「日本人に短距離は無理だ。百年早い」と語る彼に、「後輩たちが400mリレーでメダルを取ったんだよ~!」と言ってあげたくなったが、『いだてん紀行』できちんと北京オリンピックでの日本選手の偉業を伝えて朝原インタビューまで流してくれて、爽快感がある。自分自身、アテネオリンピックで4位だけで凄すぎる、これが日本の上限と思ったクチで、不明を恥じる次第である。1912年のオリンピック観戦者を21世紀に連れてきたら、"短距離は黒人選手がトップに立つのが当たり前"の状況に一番驚くだろう。本編も『紀行』も同じハイクオリティで楽しめる。今年はほんとうに幸せだ。

公式HPが今回も頑張っていて読みごたえがある。四三が日本を出発する時点で第一部終了なのかと思いきや、全四部構成で、今のところはまだ「第一章ストックホルム篇」とのこと。第8回までは、『木更津キャッツアイ』ほど目まぐるしくはなく、羽田マラソンとそれ以前をシャッフルすることでわくわくする話を作ってくれた。自分にとってはスピーディーだけど早すぎないテンポなのだが、早すぎると感じる人が多いのか?

五輪初参加は、日本側から希望を出してかなったのかと誤解していた。あちらからご招待されたのか。日露戦争に勝利したことで欧米列強の見る目が変わり、一目置く勢力と、「非白人国家は早くつぶすべし」とぶちあげる勢力がいたのだろうが、今のところは前者にしか触れていない。

なかなか大変なユーラシア横断道中を、コミカルな味付けをほどこして魅せる手腕はさすが。日記にいちいち天気と「快便」を並べる四三。スポーツ選手にとっては大事なことだが、この記述がなかったら、毎回冒頭から紹介しなかっただろうな。道中記中の欧米人批評はなかなか鋭い。「日本人は論外」にも苦笑い。

昭和のオリンピック前の海外合宿で日本選手が白人選手から唾を吐きかけられたというインタビューを見たことがあるので、そのまた昔のストックホルム五輪なんてどれだけ露骨な差別があったろうと疑っていたのだが、四三が足袋でみんなの人気者というのは実話だそうで、世の中いくらでもおもしろい話は転がっているのだな、と認識を改めた。おもしろい実話をおもしろいドラマに落とし込めるかどうかは、脚本家や演出家の力量によるわけだが。

弥彦は日本で最先端のハイカラ坊ちゃんだっただけに、よけいに渡欧先で白人選手との体格差身体能力差に打ちひしがれる。大森が「敵は外国選手ではなくタイムだ」と諭すのはとてもいい台詞だし、弥彦がその言葉に救われる瞬間も感動的だった。そこで間髪を入れず「もっと早く聞きたかったです」と言わせ、視聴者をクスリと笑わせる。クドカンらしい含羞。

道家であるのみならず、日本陸上界の推進力でもあった嘉納治五郎のキャラがいい。大河序盤に欠かせないいわゆる上層部の大物の立ち位置で、本作は一見「大河らしくない大河」かもしれないが、嘉納の使い方はオーソドックスな大河の手法である。
大幅に到着が遅れてさんざん若者をやきもきさせたのに、ぬけぬけと「これぞ相互理解。私の不在が君たちの成長を促した」と抜かす。『太平記』の尊氏の詭弁を彷彿させるなぁ。実在の人物を漂白せず、山っ気はそのままに愛嬌のある人物を造形するスタッフ、キャストがすばらしい。役所広司は世間が言うほど演技の幅がない人と思ってきたが、本作では軽妙さと強引さのバランスが絶妙である。ともあれ、大舞台で自己ベストを出した三島弥彦は立派なスポーツ選手である。

大森夫妻は今の感覚からしても大胆な結婚をしたカップルだそうで、竹野内豊がいいのは予想通りだが、シャーロット・ケイト・フォックスも極私的にノレなかったエリーより今回の安仁子のほうが数段魅力的。看病疲れでどんどんやつれるあたりの演出も、今回のスタッフならでは。ささいなことを深刻そうに演出するより、たいへんなことを軽快に演出するほうが世間受けはともかく、自分にとっては好もしい。

スポーツが大方の日本人にとってはまだ珍奇なものだったという描写が愉快だったりほろ苦かったり。足袋職人が連発する「腹っぺらし」がたいへん味のある言葉だ。「穀潰し」ほどきつい言葉ではないが、一文の得にもならないし腹の足しにもならないのに、なにを好き好んで走るのか?という一般庶民の正直な感覚がよく表れている。

小さそうな役にいたるまで登場人物が皆生き生きしていて、一人一人がいとおしくなる。中村勘九郎生田斗真の堂々たる明治男の演技に目を見張る。はしゃいだりふざけたりする場面でも平成の青年にならず、時代ドラマの枠を守っている。

女性にスポットライトを当てた作品ではないのに、たいがいのいわゆる女性ドラマよりすみずみまで女性キャラに物語が感じられる。薩摩の古武士のごとき三島和歌子、働きづめの肥後のかあちゃん、今どきの女性新聞記者よりよっぽど時代の最先端な感じでかっこよい本庄。そして古い女と新しい女の中間的なスヤ。シマのきびきびした動きに惹きつけられる。「奥様、杖が抜き身でございます!」は最高に笑えた。

来週は『太陽がいっぱい』か……明るそうなタイトルとは裏腹に悲劇を予感させて"Fin"だったのが同名のフランスの名画。陽光を浴びながら四三が失神することろで「つづく」となるのかしらん。

数々の傑作NHKドラマで渋い演技を見せてきて、映画『ローレライ』では一人だけ日本兵らしかった俳優が、違法薬物の罪で逮捕されてしまった。『麒麟がくる』の皆さんはくれぐれもクスリには手を出さず、ハニートラップには気を付け、酒は飲んでも飲まれるなっということで一つよろしくお願いいたします。