『どこにもない国』前編

クドカン古沢良太と並び、「この人のドラマなら見てみようか」と思わせる脚本家が大森寿美男だ。この一月まで長きにわたって放送された『精霊の守り人』は大森氏が脚色担当だったが、ファンタジーというジャンルそのものに興味が持てないので、樋口真嗣が演出担当した戦闘シーン以外はあまり興味を惹かれずじまい。海外輸出を想定した、良心的な意欲作ではあると感じた。

今作の原案は『満州 奇跡の脱出』(ポール・邦昭・マルヤマ著、柏櫓舎)。力作ながら、アメリカ人のなかでも特に祖国への忠誠心が強い元空軍大尉ならではの偏りも皆無ではなかった。"原作"ではなく"原案"なのだから、ドラマが『満州』と違うこと自体に問題はないものの、新甫の造形がちょいちょいいかにもNHK的未来人なのは興ざめ。「ユートピアは心の中にある」は大森オリジナルのいい台詞。

音楽が川井憲次とは嬉しい! この人選だけでもウェットな演出を狙っていないと信じられる。
丸山が二度に渡って捕らわれるくだりは、『満州』を読んでいなければもっとハラハラできたかもしれない。だが彼は、有力者に書いてもらった文書――プラス、妻から贈られたロザリオ――に救われる。誠意だけでなく、金や人脈や交渉や大国で力を持つ宗教の利用価値をきちんと描くところは大人のドラマだ。

ポール・マルヤマの母は生涯「ロシア人だけは許せない」と言っていたそうだ。ロシア兵の蛮行は日本のドラマにしては描写していたほうか。共産圏に関することは少しでもネガティブに言ってはいけない、みたいな時代のNHKを記憶している身としては隔世の感がある。○十年ほど前、満州からの引き上げ組である老人から「中国人はロシア兵を『ターピーズ(大鼻)』と呼んで嫌っていた。ターピーズの敵だからと、日本人を助けてくれる中国人は少なくなかった」と聞かされた。ドラマでは丸山を追う兵たちの行く手を大八車が阻んだように見えるシーンがあったが……NHK的には日本人は嫌われてたことにしないとまずいので、偶然車が通りかかっただけということか。

木村隆文氏は『坂の上の雲』、『真田丸』の演出家とな。緊張感、俯瞰的な視点、志のいずれにおいても、少しでも戦争が絡むドラマで『坂の上』を超える作品作りは至難の業のようだ。
後編は日本の政治家disに走るのかと危惧したが、予告を見る限り、どうやら吉田茂の尽力はスルーされずにすみそうだ。丸山が家族と再会を果たすまで(?)のあれこれを、75分でどう配分するかが見ものである。武蔵の拷問監禁シーンの比率によって後味がかなり変わってくるだろう。