『真田丸』第35回『犬伏』

もしかしたら今年度で一番大事かもしれない"犬伏の別れ"の回。あくまでも真田視点の物語なので、西軍のトップに毛利が立つまでの経緯は省略気味。

回を追うにつれ、信幸が大局を見る目を養っていることが描かれてきたので、今回の決断にもまったく違和感がない。今年は大泉洋が責任をまっとうする男のかっこよさを体現。信繁とはちがうれっきとした大名であることを踏まえて、弟役といっしょになって大量の涙を流したりしない見識も立派。そして、三谷流のおふざけシーンをやらされても、時代劇のツボのようなものをはずさない。これはおこう役の長野里美にもうた役の吉本菜穂子にも感じる。松岡茉優あたりは、現代劇だと達者でも大河だと何かがちがう……所作の重みのようなものか?

戦に勝つための事務仕事に没頭する三成と大谷刑部。「儂がお主を勝たせてみせる」の台詞が熱い。刑部の心情、頭脳ともここまで丁寧に見せてくれるドラマは貴重である。

目利きのあいだではガラシャの最期など蛇足という意見もあり、なるほどと思うが、極私的には橋本ガラシャは大健闘の印象を受けた。殉教者の恍惚めいた表情にはドキリとさせられる。『真田丸』はここ数年の大河で気の毒な目にあった歴史上の人物のために、なにくれとなく敵を討っている。当分これ以上の直江兼続役者は出るまいと思われる村上新悟。わずか一回の出演で『江』の悪夢を消してくれた新妻聖子橋本マナミも『功名が辻』のガラシャ役よりはるかによい。

今年の作劇の基本はキャラクター同士の化学変化であって、緻密な構成で矛盾のないストーリーが展開されている。官職や立場がいやおうなしに人の関係を変えてしまうようなエピソードがあまりないため、四半世紀くらい前の大河には当たり前に備わっていた重厚な味わいには欠けるけれども、そこに文句を言っては罰が当たりそうだ。今後の大きな三つの戦の描き方を楽しみにしよう。

『受験のシンデレラ』終わる

和田秀樹の原作は未読。
生育環境や本人と周囲が"思い込んでいる"学力から将来の選択肢が少なそうだった女子高校生が、受験のカリスマと出会い、東大受験に挑む話。ヒロイン、遠藤真紀の受験のサクセスストーリーであるにとどまらず、本人と周囲の自己発見と精神的成長を描く話にもなっていた。
極私的には、原作付きの民放ドラマとして唯一リピートに耐えると感じるのが『ドラゴン桜』(『重版出来』は神回の第5話、第7話が永久保存版)。『ドラ桜』のパンチのきいたトランペットとドラムのBGMと、躍動感のある演出にくらべると、本作のそれらはインパクトが弱いし、ベタな人間関係にやや引いてしまうところもあったが、最終回まで完走してみれば、清涼感が残るいいドラマだった。

スタッフは記憶にない名前ばかりだが、調べてみると、出水有三Pは傑作『TAROの塔』を手がけ、森安彩P(協同テレビジョン)はおつな連ドラ『鍵のない夢を見る』(WOWOW)と『カラマーゾフの兄弟』(フジ)を手がけていた。植田泰史Dにいたっては、何度も『世にも奇妙な物語』に参加していた。『受験』がおもしろい作品になったのは当然か。地上波ではないから、ヒロインが甘ったれた女にむかって「そんなに死にたいなら、死ねばいい。五十嵐先生に命をくれよ!」みたいな心からの言葉を吐く場面も入れることができたのだろう。
ふた昔くらい前までは、若者というのは本来勉強が嫌いなもの、受験勉強なんて非人間的、というのがマスコミのスタンスだった(そう言ってる人たちは東大出だったりしたのだが)。人生の選択肢をふやす手段として受験もアリ、とか受験はテクニックが大事で練習いかんで向上するのはスポーツと同じとか、現実的で肯定的な考え方が広まってきたのは悪いことではないと思う。たとえ、受験産業マーケティングの影響だとしても。

情報を取るために信義にもとる手段を使う塔子。勝手に"好きな人のために"時間を使って、報われないと知るや「どーしてくれるのよ」と文句を言う聖菜。日本の女の嫌なところを露呈するキャラを久しぶりに見た気がする。塔子は回を追うにつれ"よき元妻"になっていったし、聖菜はラストできっぱりした言動を見せた。自分の狭い人生経験から娘の足を引っ張るばかりだった母親も、最後は娘の応援団になった。すべての登場人物を救う優しい脚本(山岡潤平ほか)だ。五十嵐が最後までしおらしくならなかったのも痛快。

川口春奈は今どきの女の子をさわやかに好演。松尾諭は、尖がった男の友人役がはまる。有能さを自覚しすぎた塾の社長転じて失業者、転じて人生最後の目標に遠藤真紀の東大合格をかかげるがん患者、を演じた小泉孝太郎もよかった。『ペテロの葬列』の繊細で善良な男を演じても、今回のような高慢さと狡猾さともろさが入り混じった男を演じても、この人ならではの色が出る。庵野が『ヨシン・ゴジラ』――縁起でもないタイトルか――とか作る気になったら、松尾を再登板させるついでに小泉もキャスティングしてもらいたいものだ。児嶋一哉はお笑い芸人の余技ではない役者っぷり。

『真田丸』第33回『動乱』

お歴々の頭脳的心理的な戦いの迫力に満ちた45分間だった。脚本が三谷幸喜で、演出が三谷幸喜でなかったからこそ視覚的な躍動感や緊張感も味わうことができたというもの。

悲しいほど人集めの手練手管にたけていない三成。こんなんで関ケ原の西軍の成り立ちをどうこじつける気なのか!? と危ぶんでいたら、40分以内に答えが出てしまい、「大盤振る舞いだな」と感心した。

徳川屋敷にぞろぞろ集まってくる武将たちの言動が、これまで積み重ねた描写から納得できるものになっていて、連続ドラマの醍醐味を堪能した。小早川秀秋は、秀吉生存中から「こりゃ~、せっぱつまったら裏切りたくなるよなぁ」と感じさせる描き方だった。目立たないながら今回も、浅利陽介は終始"腹が坐らない"男の演技をしている。

同じ「太閤殿下が築いた太平の世を守るために」という台詞を吐いても、衷心から口にしている者、心の中でぺろりと舌を出している者、自分でもウソかホントか自信がない者、と人さまざまなところがおもしろい。
今年の大河は狙ったコメディシーンは必ずしも笑えないのだが、昌幸がいけしゃあしゃあと家康の助っ人としてやってくるシーンには笑ってしまった。これからもこの爺さんには元気でがんばってもらいたい。

来週は、直江兼続というか村上新悟の美声による『直江状』朗読を聞かせてもらえるのだろうか? 公式HPで聞けるだけでも御の字かもしれないが、ドラマの中で生かされればなお嬉しい。

 

『蝶(ちょう)の山脈~安曇野を愛した男~』

山岳写真家の田淵行男を主人公にしたドキュメンタリーまじりのドラマ。
さまざまな高山蝶、安曇平、北アルプスの山々。これら美しい映像を拝めただけで大満足。『新日本風土記』でも使いまわすか? 要らない史観が出てこないだけでも、『風土記』より清涼感のある番組となった。
田淵氏に影響を受けた町長さんが、ヘリコプターの農薬散布中止を呼びかけたとか。蝶にはありがたくても、農家の人々にとっては迷惑な話だっただろうと同情する。
田淵氏をしのぶ人々が作った博物館〈田淵行男記念館〉の紹介あり。総合で再放送しないともったいない良作だ。

 

リオ五輪

つまみ食い程度の五輪視聴者だが、それでも何度も心浮き立つ18日間だった。
*凶悪犯罪はあったようだが、いわゆるテロは(未然に防げたため?)発生しなくてよかった。ブラジルの治安部隊、警察はよく働いたらしい。
*男子50km競歩で荒井選手が銅メダル獲得後、カナダの抗議により取り消し。そのまたあとで、日本陸連が抗議して銅メダルが本決まり。身内に厳しく外国相手となると弱気なことが多い日本の組織も、今回はがんばった。
*日本勢は獲得メダル数が史上最多とのこと、すばらしい。指導法を変えるなど、時代に適応するための研究を重ねた柔道の井上監督。サラメシで「選手が僕を好きかどうか、信頼しているかどうかはどうでもいい。こちらが言ったことが伝わればいい」と言い切った女子レスリングの栄監督。この二人の監督の存在が印象深い。こんなにも女の怠け心を誘う国に住みながら、向上心を持ち、苦しい訓練に耐えて結果を出す女性アスリートたちには尊敬の念しかない。
*冬季五輪のフィギュアスケート、夏季の水泳を見るたびに、スケートリンク、プールといったエリアでの競技参加には人種の垣根があるのかと思う。このたびシモーン・マニュエル選手(米)が100m競泳で優勝。五輪競泳界で初の黒人女性メダリストとなった。偉大なパイオニアとしてアメリカの教科書に載るのでは?
*閉会式の『君が代』が川井憲次っぽいと感じたが、三宅純という作曲家のアレンジだとか。振付担当のMIKKO、音楽担当の中田ヤスタカの名前ともども初耳。才能のある人に仕事が発注されて本当によかった。椎名林檎がプロデュースするクールジャパンは本当にクールでダイナミック。4年後の開会式もこのメンバーが担当してくれますように!
*土管から出てきた安倍首相にさっそくネットで文句を垂れる意識高い人々。ナショナリズムが気に食わないなら、閉会の言葉として何度も「ブラジルを誇らしく思う」、「私はブラジルを愛する」と言ったカルロス・ヌスマン組織委会長にも噛みつきそうなものだが、そちらはお咎めなし。外国人ならOKってか? 小池都知事は立ち居振る舞いがともかく男前だった!
東日本大震災への支援についてお礼の映像を出したり、おもてなしの舞があったりしたのもよかった。この20年あまりで日本人は本当にお行儀がよくなったけれど、国旗や国歌に対するマナーという点では――メディアと学校が教えないので――かなり非常識なところがある。外国帰りでその手の常識がある人々は、周囲に「東京五輪は競技場で観戦するつもりだ」という人がいたら、それとなく世界の常識を伝えたほうがいいのでは?

祭りの後の寂しさはあれど、ワールドニュースの番組編成が通常に戻ったのはありがたい。
パラリンピックの宣伝はまだか?

『真田丸』第32回『応酬』

巨星墜つ!の次の回だから失速しても文句は言えないところ、そんなこともなく、『応酬』のサブタイトルに恥じない緊張感のある回だった。
過去15年、大河は薄味が当たり前になってしまい、知力を尽くした話し合いや恫喝が拝めるのは『風林火山』と『八重の桜』くらいだったが、今年は会議を使った作劇が魅力的だ。そして映画館に行けば『シン・ゴジラ』というおもしろい会議映画がある。

すぐれた俳優を見るたびに、えーと『シンゴジ』に出てたっけ?と思ってしまう。内野聖陽は出ていなかった。彼はシンゴジの世界に出すには、やや"持ち重り"のするタイプなのだ。ともかく、この人は山本勘助を演じて平成史上に残る大河の主演俳優となったうえに、今年の家康役で準主役俳優としても歴史に残る演技を見せてくれている。主人公が話の折り返し地点を過ぎても若輩者というスタンスなので、ドラマの重しとして内野氏の重厚感が不可欠なのだ。過去の時代劇で家康がいい人みたいに描かれると、「ほんとは最初から秀頼を潰す気満々だったくせに」と思ってしまったものだが、今年の描き方だと、初めから天下取りの野心満々だったわけではなく、安心して天下を託せる人材が不在だと感じていたところに切れ者の家臣たちの後押しもあって、まずは三成を倒す方向にいった(のかもしれない)と納得させられる。

秀吉が死んで後始末に奔走する三成。熱い思いを秘めて事務能力はあっても、欠けたところが大きすぎて困ったもんだ、あれでは清正たちも徳川についてしまうよなぁ、という方向に視聴者は導かれる。そして、彼を支えるべき信繁も、これまでのような小才覚すら発揮することができない。
二人の若者、中堅どころとは対象的に、時代に取り残された老人の風情を漂わせていた昌幸が家康の深謀遠慮を見抜き、じつはボケてなどいなかったことを証明する。まだまだ暴れるチャンスはありそうだわいとワクワクしているようすに、懲りない奴とあきれるべきか、元気になってよかったと安心するべきか……。

寧々は人格円満な女性だが、政治家の妻としては阿茶局に引けを取るところもうっすら描かれる。

ただのグラビアのお姉ちゃんかと思っていた橋本マナミが、細川ガラシャに嵌っている。第32回にかぎっていえば、女優陣で一番時代劇らしいお芝居をしていたような。死ぬシーンもしっかり演じられたらますます見直してしまいそうだが、そこまで細川家を描くかどうか……。


再来年の大河の発表がないのが気になるが、9月24日に土曜時代劇として『忠臣蔵の恋~四十八人目の忠臣~』が始まるのはひじょうに楽しみだ。WOWOWの『ふたがしら』も映画『超高速! 参勤交代』も続編が作られたし、来月は『真田十勇士』が公開されるし、この国はまだ大丈夫だ。

時代劇とは言い難いが、山岳写真家の田淵行男を主人公にした『蝶(ちょう)の山脈~安曇野を愛した男~』(8月21日11:00~12:00、BSプレミアム)もぜひ見たい。たまたま今日NHKドラマサイトを見なかったら、あやうく見逃すところだった。

『真田丸』第31回『終焉』

信繁が接する世間がぐっと広がりそうな予感で終わった上田編最終回とまったく異なる雰囲気の、秀吉編最終回であった。武田勝頼北条氏政が戦って美しく散ったような印象を与えたのにひきかえ、秀吉の孤独な最期のなんという無残か。小日向文世の練達の演技やメイク術や照明などがあいまって、ここ数週は画面から病を得た老人の臭いが伝わってきそうだった。

秀吉には統治者として切れる面があるいっぽう、育ちの悪さや生来の卑しさ冷たさがにじみ出て、優秀な家臣たちもふくめて誰も暴走を止められない。秀次死去の回は、悪い方に悪い方に妄想をふくらませる秀次がひたすら哀れで、甥にそう思わせたのは秀吉の罪としか思えなかった。
本人の意図とはうらはらに事態が困った方向に転がっていく――舞台用コメディを書くときに三谷幸喜がよく使う手だ。『真田丸』ではときにコミカルな場面を挟みつつも、悲劇的な歴史劇として事態の悪化を描いてそれが成功している。
大河というメジャーな舞台で、三谷がここまで人間のネガティブな面を描くとは思わなかった。映画監督の是枝裕和に「自分はやりたいことを映画やドラマでやれたためしがない。やりたいことは舞台でしかできない」と語ったそうだが(『映画を撮りながら考えたこと』(著:是枝裕和、出版:ミシマ社)の立ち読み記憶)、今年の大河では念願がかなうのではないか。

拾が死んだ回は、幼子の病いを心配する気持ちなどこれっぽっちもない武将たちの画策を描いたが、今回は生き残る者たちが将来の絵図のために死にかけの老人に無理やり遺言を書かせる場面が二度も出てきた。うすら寒くもあり、ブラックコメディの風味もあり、今年のスタッフでないと出せない味かもしれない。

吉野大夫とその偽物を演じた中島亜梨沙が退場してしまい、残念至極。残った四十歳以下の女優陣の所作や台詞回しがいまいち軽くて物足りない。長澤まさみ竹内結子も、三谷の現代劇では魅力的な芝居ができるのだが。四十代(?)の吉田羊も、もうちょい重みというか格調がほしい。
ときに滑稽味を漂わせながらも、基本的には見識がある真田の次期棟梁を演じきっている大泉洋はすばらしい。


関ヶ原の合戦シーンにじゅうぶん予算がついたのだろうか? 陣中の会話劇だけでも魅了してくれるとは思うが。石田三成大谷吉継が、大河史上もっとも惜しまれながら退場する展開が待っている。
九度山編は高速で飛ばすのか否か? 信繁視点だとちょっと退屈な話になりかねない。信幸と家康の比重がぐっと上がるのか?

4年前の大河では、考証担当がツイッターを使って現場ネタで愚痴ったり特定のファンと馴れ合ったり、いちじるしくプロ意識に欠けるふるまいを見せた。今年はそれとは打って変わって、ツイッターがありがたいツールとなっている。丸山和洋氏による歴史の講義とドラマ制作の説明は、無料で読むのが申し訳ないようなハイレベルな内容だ。あとで新書にまとめるような企画でも持ち上がらないものか。