読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

『鬼平外伝 老盗流転』

1月13日14:00 リピート放送あり

時代劇専門チャンネル、松竹合同制作による『鬼平外伝』シリーズ第四弾。一作目『夜兎の角右衛門』は未見。二作目『熊五郎の顔』は悪くないという出来。三作目『正月四日の客』は胸に沁みる佳作。今回の『老盗流転』は前作を上回る深みと艶を持つ、まさにいぶし銀の傑作。フィルムにこだわった撮影ならではの光と影。松竹が誇る美術。旧作再放送以外で、二度、三度と見直したいと思った時代劇は久々である。

池波正太郎の原作『殺』(『江戸の暗黒街』の一編)は未読。
黒塚の駒吉と水鶏の松蔵が、盗賊の親分、弥右衛門に裏切り者とみなされたことがきっかけで、仲間を殺して脱走。
このあたりのカメラの妙な揺らし方がちょっと気分悪い。その後は、一貫して落ち着いた画面作りだった。
今度会っても、たがいに知らぬふりだと言い合って別れる二人。
町奉行所の面々がたいそう地味だが、それもこのドラマに合っている。
――盗賊の弥右衛門の名前も、一党のなかで起きたいさかいも、時の流れのなかに埋もれていった。

三十五年後の江戸、深川。駒吉は堅気の小間物屋主人「徳兵衛」となっていたが、松蔵はまだ闇の世界で生きていた。
福本先生が記録的に長々としゃべって死ぬ! 同心の水の飲ませ方が雑だったのが、今回数少ない残念な点の一つだ。

屋形船で殺しを依頼する國村隼と受ける寺田農
廃屋で密談する手配師と実行犯。ぎりぎりまで暗く落とした照明が、ハードボイルドなムードをかきたてる。
徳兵衛と松蔵が、川の狭い渡し板の上ですれちがう。上からのカメラワークと不穏なBGMが運命を感じさせる。

徳兵衛たちの若き日の回想シーン。すすき野原に立つ、葉を落とした大きな木の下で語り合う二人。荒涼とした魅力的な構図だ。
この野外シーンのあとは、広々した風景が一切出てこない。小さくあいた障子のあいだから、行燈の桟のあいだから、橋の欄干のあいだから、覗き込むように人物を映し出す演出が多い。おのれも他人も、きれいに生きてきたわけではないと承知している大人たちが、腹を探り合い、たがいに後をつける。

松蔵の口から井筒屋の名が出るあたりから、緊張感が高まる。自分の命が狙われると知っても、徳兵衛はおおげさな反応を示さない。
  「今度会うのは、あの世かね」
  「達者でな」
  「駒さんも」
若き日の別れの言葉が切ない。

店に戻った徳兵衛が、番頭と鉢合わせ。「まだいたの。いいにおいだね」。この(言うまでもなく)女のおしろいの「におい」を確認する徳兵衛の、無言の動きがいろいろなことを想像させる。
徳兵衛おもん夫婦の寝間の一コマ。さほど露骨ではないが、現在は地上波だとやりにくいかな。

老優たちの皺が目立たないように撮影するのは大変だっただろう。
老いた徳兵衛が若い番頭の手を握り、「若さが羨ましい」と言いながら、いかにも腹に一物ありそうな目つきがいい。
しっかし、寒そうなセットだ。部屋のなかでも俳優たちの息がいちいち白い。火鉢の鉄瓶からあがる湯気がよくわかる。
徳兵衛は、殺し屋におびえながらも、謎を一つ一つ明らかにしていく。
同心たちのひそかに探るような目も怖い。

徳兵衛と敵対する男たちのやり取りもいいが、おもんとの語り合いも忘れがたい。
「五十を過ぎて、六十に手が届こうかってころに、日に日になんだかむなしくなってな。ここのところに(胸に手を当てる)ぽっかり穴があいてることに気がついたんだよ。ああ、あたしはこれまで身内ってものを持ったことがないんだなって。それが穴で、そこんところをすーすー風がとおってるんだってね。(おもんに酒をすすめる)身内のぬくもりは、女房のぬくもりだ。ひと晩いくらで買う女じゃない。そのぬくもりがほしかった」「あたし?」「お前、どうしてあたしの女房になることを承知してくれたんだい?」
「あたし、冬場のこんな風の音、嫌い。泣きたくなるくらい、寂しい音だもの」「うん」
「あの風の音は怖かった。今は、お前に去られるのが怖い」
したたかな女がほだされていく場面がたまらない。背中合わせで座る夫婦の心の通い合い。洋画のように正面から目を見つめ合うだけが能じゃない。
この場面など、ミンミンゼミが鳴く季節にやられたら暑苦しくなってしまうかもしれない。冬場に冬の場面を見るからこそ心に沁みる。

その後、大きな事件が起こる。
おもんへの思い、昔の仲間への思い、一流の悪党としてのプライド……一筋縄ではいかない松蔵の胸の内を、國村の目が語る。

「徳兵衛殺しは無しにしてくれ」
「承知した」
玄人同士の会話がなんともいえない。承諾する寺田の心得顔がいい。

突然映る死体について、余計な台詞がないのも大人向け。わかる人だけわかればいい、というより、こんな場面で説明を求めるのは野暮天だ。物陰から一部始終を見る農ちゃんが、山崎努なみに渋くてカッケーよ!

そして、和製ハードボイルドの真骨頂と言うべき幕切れ!

飯屋のおじさんや丁稚の子役をふくめ、キャスト全員、江戸の住人になりきっている。
橋爪功の芝居がいつもいいとは思わないが、今回は間のとり方からなにから引き込まれる。國村は『雲霧』の火付盗賊改より今回の陰影あるワルのほうが合っている。若村麻由美は最初アップになった時は、「ああ、ちょっと年取ったなぁ」と感じさせたが、わけありの女の艶っぽさなど、あの年齢でなければ無理なのかもしれない。高杉亘も○。山田純大は四十の大台に突入か……今後、ますます活躍していただきたい。益岡徹の岡っ引きが、いろいろ飲み込んだ感じがよい。若き日の駒吉を演じたのが高橋光臣。男らしいハンサムで首は太いし、動きもいい。よい時代劇俳優になりそうだ。イントネーションがいろいろ変だったのは残念。稽古が間に合わなかったのか? 若き松蔵を演じた加治将樹は危なげなし!
小川真司の渋く歯切れのいいナレーションも最高。

当然ながらスタッフの仕事ぶりもすべてが一級品。
邪魔にならずに適度に緊張感や哀感を醸し出す遠藤浩二の音楽もいい。
金子成人の脚本は、よけいなことを言わせない。幼稚なセリフがひとっ言もない! ということに、これほど喜ばねばならない最近の時代劇のていたらくはなんぞ。
不覚にも、石原興監督の名を知らなかったが、『鬼平』シリーズを何本も手がけているらしい。主人公が老年に入ってからの丁寧なカメラワーク、凍えるような厳冬、つねに不安をかかえた登場人物たちの心情を映し出す演出にしびれた。すくなくとも、『鬼平外伝』作品としては今作が最高ではないか。

おもしろい時代劇にたいていついてくる「監修:能村庸一」の文字。これからも、見ごたえのある作品の企画を楽しみにしている。頼みの綱のNHKが八重のお城が落ちて以降あまりよくないからには、贅沢な時代劇タイムを提供してくれるのはもはや時専チャンネルだけかもしれない。

番組終了後、「2014年、江戸の暗黒街に生きる男たちのあくなき戦い。池波正太郎原作の大型時代劇、制作決定」の文字が! 今回は小品の趣がよかったが、来年はスケールが大きいものをやってくれるのか?


鬼平外伝メイキング』
全五回のラストのみ視聴。「時代劇は逆SFのような感じがする」と語る國村隼。國村さん、いいこと言うねぇ! 石原監督が1940年生まれと聞いてびっくり。若々しくてとてもそんなお歳には見えず。カメラマン出身という経歴に膝を打った。すばらしい絵を作るわけだ。『必殺』などで外連味を作った人だが、今回は淡々とやること、池波のリアリティを出すことを念頭に置いたとか。ベテランの挑戦がうまくいったわけである。
メイキング番組で引用された池波の言葉
「死ぬ話をしながら笑い合っている、というのが人間の持ち味である」(『男のリズム』)
彼には「人はいいことをしながら、悪いことをする、悪いことをしながらいいこともする」という言葉もあるらしい。これからも、時専スタッフには、奥行きのある人間ドラマで酔わせていただきたい。