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『春、バーニーズで』(2006年、WOWOW)

同名の原作(著・吉田修一)を、故市川準が脚色、監督。
絶対にテレビ的ではないゆったりしたテンポや子供の撮り方が是枝裕和を思わせる。明確に違うかのがどこかはよくわからない。
主人公の筒井はどちらかと言えばエリートサラリーマンの部類のようだが、登場した瞬間からどこか心ここにあらずといった風情である。彼の二つの台詞から、心のかたすみで「現状とはちがう別の時間」に惹かれながら生きていることがわかる。
春、バーニーズでかつての同棲相手、閻魔と再会し、短い会話をかわしたことがきっかけで、筒井は同僚や家族を驚かせるアクションを起こす。閻魔の「せっかく教育してやっても、何年もたつとあんたみたいに普通のパパになっちゃう」という台詞から、主人公が”教育”によって美意識を磨かれ、それが今の仕事の基礎にもなったことが想像できる。それでいて、閻魔のことは長らく忘れていたとは!
ラストシーンでは、親子三人仲睦まじく遊びながら坂道を登っていたが、筒井の心のなかの波紋が完全に静まったのかかすかな疑問も感じた。あらためて、どこか不穏な人間というのが西島秀俊の得意なキャラクターだと思わされる。今作の4年後に『へびの人』に主演したが、これも役者と作品との幸福な出会いだった。
寺島しのぶもまた2006年には映画で大活躍だったが、このドラマの妻役はやや物足りなかったか。妻の母にして書道教師を演じた倍賞美津子は年輪と包容力を感じさせるいい芝居を見せてくれた。