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『55歳からのハローライフ』第5回

――死ぬよりおっかないことは 俺が俺じゃなくなっちまうことだ 
――誰が逃げるもんか、逃げてたまるかぁ!

のっけから目にしみる美しい緑で、こりゃー対照的に悲惨な現実が出てくるんだろうなと身構えた。

因藤はハローワークに6年も通っている。腰痛持ちは事実にしても、小さな見栄のために、なかなかデスクワーク以外の職につく気になれなかったことが想像される。夢日記がNo.287! なかなか根気強いところがある。死に物狂いでがんばった過去もないかわり、上司にも客にも女房にも癇癪を起さず、いろいろ辛抱して生きてきたことがうかがわれる。生活が苦しいのに高そうなミネラルウォーターにこだわるあたり、ややいびつなものを感じると同時に、どれだけ金に困っても譲れないものなのかもしれない、とも思わせる。

「~けれども」を連発する安宿の女将に現実味がある。

吉沢明子あての指輪の件。昔の女か、盗みに入った家の宝石かと疑ってしまった。NHKはこんな心の汚れた視聴者は想定していないだろうな。

「港北東まで30分ほどですからね」乗客をなだめるためにも、繰り返す高速バス運転手。
バスに下総が乗り合わせている! 小林薫のゆったりした口調が人を安心させる。
福田が泣き出す。因藤が見知らぬ男に向かって「友人です」と言ってくれたことに感激したのかと思いきや、失禁のショックだった。いや、両方なのか。

バスを降り、がんばって歩きつづける男二人。ヒロイックに実家に到達したりせず、坂の手前で「すまん、福田」になるところがいい。BGMストップの演出も。

因藤と福田の母が会話する場面で、お涙誘導的なBGMを流さないところに、本作品のレベルの高さが出ている。
病院で脱脂綿を水で湿らせ、福田に吸わせる因藤。末期の水の儀式にも通じるが、この時点では、福田が生(と水のおいしさと友人の誠意)を実感する儀式にもなっている。

因藤が職場復帰できたのは、ちゃんと医者にかかったから? 仕事を続けられてよかった。そして、ノートがNo.288に進んでいるところにも、一歩前進がうかがわれる。

「これ以上落ち着いたら、俺らはもうホームレスになるしかないんだよ」「"ばい"も"たい"も話せない」「水くせーなー!」「救われたのは、俺のほうだよ」いつにもまして、印象に残る台詞が多かった。村上龍のセンスなのか大森寿美男のセンスなのかは知らない。

さして立派でもない人物が、おのれの定めた最低ラインを死守するために、生まれて初めて奮闘するという話が好きなこともあり、この最終回は心に沁みた。

一見うさんくさい安宿の女将やタクシー運転手の台詞を通じて、現状で使える福祉制度を説明したのも、無責任に視聴者の感情をあおるだけのニュースや『クローズアップ現代』なんかよりはるかに良心的だ。

人生の灰汁にまみれ、疲れて死ぬことしか考えられなくなった福田を演じる火野正平のすばらしさ。声の質もこうでなければ、この役に合わなかった。
イッセー尾形の芝居は、つねに腰を低くして実直に生きてきた男なんだなぁと思わせる。おそらくは、大学に行かなかったばかりに損をしたこともあるのだろうと想像させる脚本で、息子はそのことも、今の世相もわかっているようだ。今どきのリアリストの若者らしく描かれていた。
因藤妻の梅沢昌代は、『トップセールス』が初見。楽でない生活を送る女性の所帯やつれの表現が抜群だ。くたびれて夫に対しては愛想もないが、心の底では心身を心配している妻を体現。
福田の母が奈良岡朋子とはわからなかった!
工事現場の主任やタクシー運転手や安宿の管理人が、いずれも偉そうな顔はしないけど義務を果たす市井の日本人としてキャラ立ちしている。脇役と言えどおろそかにされていない。

全話とも、劇的ではないけれど、主人公の生活がすこし希望の見える方向に変わったところに救われる。とりわけ最後の2話は、仕事が見つかってよかった、仕事を続けられてよかった、と安堵させられた。正直、はじめの2回だけなら「見ようによっちゃ、結構なご身分のひとが何言ってるって話」と思わないでもなかったが、順々に経済的に苦しくなっていくパターンだった。金持ちでもあの程度ってところも、実に日本的。登場人物が好む飲み物のランクが落ちていく、という意見を見かけてそこに気づく視聴者にも、スタッフにも感心した。
演出はどの回もよかったが、おそらく民放では不可能な、第1回の、脳内の心療内科医と主人公の対話の演出がユニークさでは抜きんでている。


今年も残すところ……まだ5ヶ月半あるけれど、本年度マイベスト3は、『老盗流転』、『神谷玄次郎捕物控』、『55歳からのハローライフ』で決まりの可能性が高い。この3作を超える作品が造られる可能性を考え難い。いずれも原作は未読なので、どこまでが原作の質によるものなのかは不明。