六兵衛と麟太郎

期待半分で見たドラマ二つ、どちらもおもしろかった。偶然、二作とも主役が吉川晃司。

2018年、WOWOWで放映した『黒書院の六兵衛』をシネフィルWOWOWで6話、一挙再放送。
名手、浅田次郎の原作は未読。
江戸城明け渡しが決まり、将軍が城を出ていく。五書院番士の的矢六兵衛は付き従うべきところ、一人で城に居座る。尾張藩士、加倉井隼人が穏便に六兵衛を追い出す役目をおおせつかるも、ことは簡単に進まない。
実は六兵衛は五千両で旗本の身分を買ったとか、本物の六兵衛はできのいい武士ではなかったとか、以外な事実が次々に判明する。
隼人は、無言の行を続ける六兵衛にしだいに親しみを感じていく。
勝海舟維新三傑大村益次郎など錚々たる面々が六兵衛と対面し、最後は一目置くようになる。大村や木戸は若干安っぽさを感じさせる造形だったが、やがて眼力の持ち主と示され、意外性で視聴者を惹きつける。若き明治帝と六兵衛の対面シーンは出色。片岡千之助のたった一言の台詞に重みがある。
いまだに残っているWOWOW公式の紹介文には「謎の御書院番士と名もなき下級武士との熱き反戦友情物語」とある。地上波じゃあるまいし、なんでそこで「反戦」とまとめるのか。おのれの意地で、武士の世の終焉を見届けようとした点が肝要ではないのか。
これは、と思う時代劇で高確率でナレーションをつとめる石橋蓮司がここでも渋い声を聞かせる。「けっして物言わぬ六兵衛は、流れゆく時と変節せる人心のなかにあって、母なる国の花のごとく風のごとくに変わらぬ良心そのものであった」
原作では最後まで六兵衛は隼人に口をきかなかったそうだが、ドラマでは隼人を抱きしめ、少ないながら言葉をかける。「物言えば、きりがない。しからば体に物を言わせるのみ」。脚本家、牧野圭祐のセンスに痺れた。

隼人は現代で言えば等身大のサラリーマンだが、あくまで江戸末期の武士のはしくれの存在感はあり、崩れたところはない。
演出は李闘士男。この人の作品に泣きたくなるほどつまらない映画があったのだが、あれは制作のお偉いさんから何か横やりでも入ったせいなのか?? 『六兵衛』は緩急自在で一瞬も目を離せない。時代の変り目の江戸の緊迫感ただようなかに、いつの時代もかわらない宮仕えをする人々のぼやきやジャーナリズムの誕生がたくみに織り込まれている。一番魅力的と感じたのは、城内の撮影だ。とくに夜間、蝋燭の明かりに浮かび上がる襖の美しさなど、近ごろは大河でもなかなかお目にかかれない味わいがある。
吉川晃司の端正で格調高い所作は――『八重の桜』でも発揮してくれたが――一見の価値がある。彼と同世代で、無言であの存在感を出せる人がいるかというと、ちょっと思いつかない。上地雄輔は『のぼうの城』でも『超高速! 参勤交代』でも好演し、もはやりっぱな時代劇俳優である。意外と、知性派もふつうの善良な侍も演じこなせる器用な人らしい。六兵衛の奥方を演じた若村麻由美、的矢の先代を演じた田中泯とも、奥行きを感じさせる、いつもながら見事なお芝居。ごひいきの千葉哲也徳川慶勝をやってくれておおいに満足した。

『探偵・由利麟太郎』(カンテレ)
横溝正史の原作は未読。由利探偵シリーズの存在すら知らなかった。
(おそらく)猟奇的な原作を、軽くなりすぎない範囲で現代風味に仕立てている印象。『マーダー・バタフライ』エピソードはライトグレーがかった色調にしたところが珍しい。高岡早紀はもはやザ・女優、一流の女優という感じで、この手の華やかで業が深い女性をやらせたら敵なし! である。
残すところあと一回。惜しまれながら終わるのがいいのだろうな。吉川晃司は浮世離れした探偵がはまっている。あのロングコートが似合う人はなかなかいないだろう。巨大な弓を射る設定にびっくりした。エンディング・テーマ『焚き火』は低音のスキャット? かなり後を引くメロディーである。


吉川氏は役幅が広い、というわけではないようだが、今どきのスターが苦手そうな上記二役とも、すばらしい演技を見せてくれた。最近の日本の人気俳優のうち、東アジアの外に出しても「女みたい」と言われるおそれがないタイプはひじょうに少ない。吉川氏には、海外を視野に入れた映画でもぜひ活躍していただきたい。大河ドラマに関しては、重厚さを取り戻す期待がもてなくなってきたけれど、氏が数回でも出演して画面を引き締めてくれたらありがたい。