BS-TBS開局20周年記念ドラマから~パラリンピックに向けて

重版出来!』以来、実に4年ぶりにほんとうに見てよかったと思える民放の現代ドラマが2本登場した。

『左手一本のシュート』
原作はノンフィクション『左手一本のシュート~夢あればこそ! 脳出血、右半身麻痺からの復活』(島沢優子 著)。
原作未読だが、吉田紀子の脚色は見事と感じた。
中学時代、バスケットの次代を担うエースと目された若者が、高校入学式直前に脳出血で倒れる。てっきり車いすバスケットに進む展開かと思いきや、高校のバスケ部に入り、監督の後押しで試合に出場するまでの話であった。
連ドラなら"ふてくされて自暴自棄モード"の時期がねじこまれそうなものだが、2時間の単発ドラマだからこそ余分なものが入らない。正幸が希望に夢膨らませる冒頭、挫折、いろいろな人と出会いながらの前進、卒業前の試合。駆け足にならずにすべてが塩梅良く配分された。
ご母堂が立派な方で、神奈川遠征に同行して倒れたからこそ、よい病院に入院できた、よいリハビリの専門家も紹介してもらえた、と"不運ななかの幸運"に感謝する。何の落ち度もない顧問の先生にはちゃんと「先生は悪くない」と語りかける。後者は当たり前のことだが、それができる母親は今どれだけいることか……。
両親も先生方もバスケの仲間も主人公の足を引っ張ったりしないが、それをご都合主義的に描かない村上牧人の演出がすばらしい。主治医や理学療法士が正幸を助け、ときには正幸の熱意に感化される過程もムネアツ。
「いつか、きっと、やがて」正幸が中学を卒業してからも、案じてくれる中学のバスケ部顧問の座右の銘が、このドラマのキーとなる。
主人公も周囲の人も「やがて」を信じたからこそ達成できた、一本のシュート。スーパーアスリートの美技におとらぬ胸を打つ一瞬であった。
MONGOL800の主題歌『あなたに』もよかったが、選曲担当の谷川義春の仕事ぶりはさらに印象に残る。感情のかきたて方のほどのよさ。
エンドクレジットとならんで本物の田中正幸さんの写真数点が紹介される。なんともすがすがしく、心映えの良さがおもてに出ているような若者だ。現在はパラリンピックめざして競泳に励んでいるとのこと。ぜひまた夢が叶いますように!
バスケ部の合言葉が「テネシャス」。主人公の友人が「意味は知らねえ」なんて言ってたが、
ドラマの最後に「テネシャス、それはあきらめない心」みたいに字幕を出せばなおよかった。(tenacious:粘り強い、を意味する形容詞)
主演の中川大志をはじめ、俳優陣は老いも若きもみな好演。とりわけ印象に残ったのが、高校のバスケ部顧問を演じた駿河太郎だ。思いをすべて前面に出すことはなくとも包容力のある指導者というのを、さらりと演じてくれた。

『伴走者』

走る男たちがかっこいい。

それだけで一見の価値がある。
原作のノンフィクション『伴走者』(麻生鴨 著)は未読。
子供から高齢者まで幅広く楽しめる『左手』に比べると、こちらは人情の機微やお金の力を理解できる大人がより深く味わえる造りである。
日和食品陸上部の淡島は、ニューイヤー駅伝に出場できないばかりか、首を言い渡される。その後、失明した元サッカー選手の伴走者をつとめれば、日和に残れるとのオファーが来るが……。
初めの40分ほどは、日本のドラマにはめずらしい痛快なノリでわくわくした。サッカー界の花形だった内田は、見るからにプライド高く、現役時代に稼いだ富を武器に、「会社の二倍払ってやる。俺に協力しろ!」と上から目線。家族のために仕方なく伴走を始めた淡島と内田はことごとく対立する。ドラマの進行上やむをえないとはいえ、淡島の奥さん、ちょっとウルサイ。当方がうるさいと感じるときは、たいてい世間では「積極的ないい奥さん」と評判なのだが……。
スタッフ経由で、表向き強気な内田の内面が語られてから、ドラマは陰影をましていく。
自分のことばかり考えず、人のために走れ! と言う淡島。淡島に影響を受けながらも、自分の誇りのために走ることを忘れたのか? と問いかける内田。淡島の息子に、「中学に入ったらサッカー部に入れよ!」と励ます内田。淡島の最後の暴走のもとは、娘の誕生による喜びだけではなかった。

これは再生の物語である。と同時に、人間的に成長しても治らない欠点というものがあり、同じ過ちを犯してしまう者もあり、だがその欠点こそが他者を鼓舞していた……という、最後の最後まで目の離せない展開であった。内田の次の決断にも拍手を送りたくなる。

淡島は内田にかちんとくることはあっても、上から目線の同情を示すことはない。「目が見える人間の気持ちも考えろ!」は秀逸な台詞。

内田にも、見えないハンディを負っている者ならではの強みがある。「向かい風が吹いてる。俺を信じろ」。これがレース展開に大きく影響する。

ここまで健常者と障害者が対等に向き合うドラマは希少ではないか。
ブラインドランナーと伴走者が握るものを「テザー」と呼ぶのは初めて知った。ネット絡みのテザリングを連想させる言葉だ。伴走者はブラインドランナーと一緒に走るだけでなく、周囲の状況や方向を教え、ペース配分やタイム管理をする。ボート競技で言えばコックスが漕ぎ手も兼ねるくらい大変そうなポジションだ。
パラリンピックを目指すブラインドランナーのスピードが予想以上だった。健常者の女性ランナーのトップレベルとほぼ同等とか。吉沢悠(淡島役)、市原隼人(内田役)、高橋光臣(淡島の敵役)は、その設定に説得力を持たせる走りを見せる。吉沢は近年、陰のある三番手みたいな役を幅広く味わい深くこなしてきたが、主役として見るのは『動物のお医者さん』以来。今はさえないけど学生時代ものすごく熱かった男、を重層的に表現した。市原は今の日本ドラマ界ではまれな"去勢されていない男"を演じられる俳優だ。めんどくさいけどカリスマがあっていつも背筋がピンと伸びていた内田……極私的に、2020年のもっとも魅力的な主役の一人になりそうだ。高橋光臣はなんで現代ものだと、ちょっと意地悪な役が多いのかな? あくまで本領は剣豪だと思うが、ランナー役にもまったく違和感なし。

緩急自在な麻生学Dの演出が最高だった。スポーツドラマとして過去最高に楽しめた作品の一つとなった。清水有生の脚色も秀逸。トップを目指しながらも挫折し、妻子を養わねばならない淡島の台詞。サッカー界のトップスターだった内田の台詞。浮つかずに、人生を背負った男の熱さを表現できる脚本家として、これからも活躍していただきたい。

原作者は、「あそう かも」(あ、そうかも?)となんとも脱力するペンネーム。公式HPで紹介される履歴がなかなかおもしろい。『二・二六 HUMAN LOST 人間失格』は心惹かれる表題だ。