第44回『ぼくたちの失敗』

金栗四三と家族友人の素朴な人間関係から始まった『いだてん』が、ここ三話くらいはスポーツドラマとして以上に政治ドラマとしてわくわくさせてくれる。

主人公が転落する回だからこそ笑いを大切にしたとはスタッフの弁。その意気やよし!

インドネシアでのアジア大会のことはまったく知らなかったし、当国とイスラエル、台湾との確執も初耳。先週今週はたいへんためになる現代史講義であった。大会にかけるインドネシア国民の熱さがまぶしい。

誰に対しても臆することなく突進してきたマーちゃんの前に、政界の"陽気な寝業師"川島正二郎が立ちはだかる。浅野忠信には往年の佐分利信山崎努ほどの重厚さ底知れなさは感じられないながら、これはこれで悪くないたたずまいである。正二郎が川島派を立ち上げたのは東京オリンピック以後のこととて、『いだてん紀行』で取り上げるにはふさわしくないエピソードかなぁ。
何度もゾクゾクするような演出を見せてくれた大根仁だが、第44回『ぼくたちの失敗』にかぎってはフラッシュバックの繰り返しが三度ばかりくどく感じられた。JOC事務総長を解任されて呆然としながらも、「どこで間違えたのか?」と必死に過去の行状をふりかえるマーちゃん。大立者たちの顔が浮かんでは消える。オリンピックをスポーツのためのスポーツの祭典から、似て非なるものに変えてしまったのは他ならぬ自分であると思いいたる……が、銀の匙をくわえて生まれた者や、奇特な後援者に恵まれた者だけが参加できる大会のままで収まったはずもなく、彼にとっての『失敗』がオリンピック発展に寄与したことも事実である。(マーちゃん的人物が、日本以外の国にいなかったはずもない)そしてそれゆえに、彼は大きな力に潰される。田畑政治がオリンピック前に事務総長でなくなったとはつゆ知らず。これが戦国時代の大河だったら、殿様か重臣だった主人公が城を追われるのと同じような展開か。

かつての切れ味が失せ、けれどどことなく高潔さも感じさせた津島が、組織委員会会長を退く条件に田畑の解任を求める。予想外の人間臭さがいい、というか、これがよくある駆け引きだろう。明るい役が多かった井上順だが、寂しさや最後の意地がにじむ津島寿一を造形して、一皮むけた印象である。

まじめな鶴さんが田畑夫人に面と向かって「マーちゃんは意外と嫌われているんです」。すると奥さんが「でしょうね」
いかにもクドカンらしい苦味と滑稽味が両立する会話劇と思ったら、どうやら演出家が現場で付け加えた台詞なのだとか。こういうのも脚本家と演出家の一心同体の証と言うのだろうか。

マーちゃんが子供たちの運動会にも行かなかった件。過去回で子供が映ったのに忘れてたのは自分だけか!? と思ったが、海馬が働いている大河オタの皆さんも「子供いたのか!」と驚いているので、描かれなかったのだな。過度に主人公の家庭を描かないのも今作の好きなところだ(企業ドラマで毎度妻子が主人公にグジグジ言う場面にはうんざり)。仕事場ではともかく家ではダメ男って場面は、孝蔵でお腹いっぱいである。

志ん生とマーちゃんが交互に語る落語は『替り目』とのこと。落語ドラマ『タイガー&ドラゴン』では主要キャストのうち落語をやらなかったのは"どん太"を演じた阿部サダヲのみ。あの時の埋め合わせで彼に落語をやらせてみた……なんてことはないだろうけれど。非本職としては七之助の落語演技もすばらしかったが、男がしゃべる設定をやらせたらサダヲがダントツでうまいのではないか。
かなりの早口になっても明晰な台詞回しを維持できる主演級俳優と言うと、この人、堺雅人長谷川博己ビッグスリーか。で、三人とも大河の主演である。

残り三話も心して拝見したい。予告でいい顔をした安藤サクラが出てきて、ますます楽しみになった。