『いだてん』息切れせず

7月に入ってからも箸休めの回やら残念な回やらがまったくない。歴代の傑作大河の中でも、なかなか稀なことではないだろうか。

第28回『走れ大地を』
「実はな、記者を辞めようと思う。新聞なんて無力だ。いくら得意になって政府を批判したところで、庶民の暮らしはちっとも楽にならない。だったら代議士になって村の用水路一つ直したほうがよっぽど世のためになる」占ってやろうとお節介焼くマリーに「ちょっと、おばはん黙ってて! ……俺は政治で日本を変える。お前はどうする? 本気で汽車を続ける気はあるのか」「ああ」「だったら、特ダネの一つも取ってきたらどうだ」
桐谷健太史上もっともかっこよいシーンの一つではないか。これから政治家、河野一郎の立場でまーちゃんと喧嘩したり協力したり、丁々発止で楽しませてもらえそうだ。あくびが出そうだった朝ドラでもこの人の役だけは詐欺師的ではあっても人間味があっておもしろかった。これからNHKドラマでどんどんいい役がつくとよいな!
しかしやはりよいのはクドカンの台詞のセンスである。「用水路一つ」という名詞を選ぶところが信用できる。「おばはん黙ってて」も彼特有の照れ隠しかもしれないが、好きだ。

色男の高石が荒れていると、松澤が「おい、関西弁。関西の顔になってるぞ!」もう笑うっきゃないのだが、この場面は視聴者によっては「ふざけすぎ。ギリギリアウト!」かもしれない。
松澤はまーちゃんのことを「ほっておけないと思わせる何かがある」と評する。『あまちゃん』のアキもそういう造形だったような。演出と演技ががっちりタッグを組んで、メフィストフェレス的なだけではない人たらしを巧みに造形している。

スランプに悩む前畑が「三食ついて英会話まで習わせてもらって云々」。これが当時どれだけ贅沢なことだったか、東京を中心に描いてきたからいまいち伝えきれていないのが若干残念だが、あくまで水連や陸連から見た日本と世界を描いているのだし、なんといっても一話45分なので、これ以上望むのは贅沢というものだ。

オリンピック応援歌の発表日が5月15日!! なんというドラマチックな偶然か。日付を聞いてここまでどきっとするのは、やはり近現代大河ならではである。歌詞が採用された少年のインタビュー記事に「『三勇士』に応募しようと思ったが間に合わず」とあり、世相を感じる。

狙撃された犬養毅の血のしたたり方がどろっとしていてけっこうリアル。出番は短かったが、塩見三省の俳優人生でかなり重みのある役だったと思う。この人、クドカンと組むといつもの力みが消えてさらっとよい芝居をするなぁ。


第29回『夢のカリフォルニア

ロサンゼルス五輪で大活躍した若手ではなく、ピークを過ぎたベテランに光を当てた、たいへん心に残る回であった。
後進を育てるのも大事な役割と己に言い聞かせながらも釈然としない思いを抱え、深夜に自主練し、選考会では落選の結果を受け入れて静かにプールサイドを去っていく高石。斎藤工はときどき色物的な扱いをされることもあるようだが、今回はこんな味を出せる役者なのかとしみじみ感動した。
"Whites Only"――これが何度も何度も映るのだが、押しつけがましくアップにしたりしないのが『いだてん』の『いだてん』たるゆえん――の表示があるプールで守衛を務める黒人男性。貧乏な日系移民に仕事を奪われた経験があり、日本選手を温かい目で見るなど考えられなかったのに、一人で黙々と練習する高石の姿を見つめる目に何かが宿っていく。選考会で泳ぐ高石に"You can do it!" 高石の頑張りを見せたいからか息子を連れてきたところにも心を打たれる。
そしてなんと言ってもまーちゃんである。「日本人は情緒的でいかん。メダルが取れなきゃ五輪に出る意味がない」とか言ってたのが、「日本を明るくしたいから選手にメダルを取ってほしい」という本音を漏らし、選考会では高石に「がんばれ、かっちゃんがんばれ!」「かっちゃん、お疲れ」。デリカシーがなかろうが根はホットな一面が出ていて惹きこまれた。最初は金の話しかしなかった岸体育協会会長が駅伝を観戦するうち夢中で選手を応援しだした場面を思い出す。

日本国内が不況で、それなのに人口ばっかり増えていくもんで、外国に移民せざるをえなかった、という当時の世相がどれだけ視聴者に伝わったか少々疑問である。そこを踏まえないとその後の日本の辛さも理解できないのだが。

日本側の主要登場人物はみなよかったが、今回の決め台詞は"You can do it!"。関東大震災の回も人見選手が主役の回も映画一本分の重みがあったが、この一幕も映画の一こまのようであった。
黄色人種がプールに入ると、「汚ねえ」とばかりに水から上がる白人選手たち。陸上ではアフリカ系大活躍の21世紀でも、水泳ではいまだに黒人選手をめったに見ない。90年ちかくたっても状況がかわらない差別があるに違いない。

土曜スタジオパーク』で阿部サダヲ皆川猿時がいろいろ宣伝してくれたおかげで、次週が楽しみでたまらない。