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『真田丸』完走

今年のエンタメ界は、未見の『君の名は。』、『逃げ恥』、etc.をふくめて質、客受けとも豊饒の一年だったようだ。で、そうした幸福な作品の一つが『真田丸』だった。近年は何度も「大河はもうおしまいか」と思わされたものの、過去10年に、『風林火山』、『八重の桜』(の三分の二)、『真田丸』と三作、高品質なドラマが放映されたのだから、まだあきらめなくてもよさそうだ。優劣ではなく好き嫌いで言うと、『風林火山』>『八重の桜』>>『真田丸』。脚本がスカスカでも『龍馬伝』は大友演出のエネルギーで、『平清盛』は撮影、美術、音楽、役者の力演による補強のおかげで、断続的に楽しんだ記憶がある。

例年になく歴史考証の先生方の意見が通る現場だったとかで、脚本家本人も、いろいろ勉強してわかったうえで遊んでいる感じが楽しかった。国衆と大名のちがいをずいぶんと勉強させてもらった。時代劇での三谷式コメディシーンは半分くらいしか乗れず、己の許容範囲の狭さを実感。
三つに分けるとすれば、一番おもしろかったのが群雄割拠の時代、次が豊臣政権の時代、最後が信繁が実質上の主役となる時代。

第一回は、悲劇のプリンス風な武田勝頼平岳大の名演!)を出してきて、つかみはOKな印滑り出し。三谷幸喜本人がインタビューで語る通りの、「偉大な父を持った男の物語」がその後繰り返し語られることとなった。敗者として死を遂げた息子が、勝頼、氏政、そして主人公の信繁。出だしはパッとしなかったけれど、棟梁の立場となってからは仕事ぶりも立派で家系を残したのが秀忠、信之。
信繁から憧れのまなざしを受けつつも「わしのようになるな」と言ったのが、信伊、景勝。この二人は表だってスカッとする活躍はせず、たびたび己の欲求を押し殺し、大人としての責任を果たして生きていく。昌幸の腹心、昌相も同じことを言いつつ仕事を一つ一つ片づけていったものの、残念ながら最後の大仕事を阻止されてしまう。

徳川が主役のドラマを見るたびに「ホントははなから豊臣を潰すつもりだったくせにぃ」と思ったものだが、主人公が豊臣につく今年の大河を見るかぎり、あれじゃ豊臣が滅びるのも仕方がないという感想しか湧いてこない。秀吉が権力者になる前から冷たい人間だった、と寧々に言わせる脚本はユニーク。敵方にも惻隠の情を示し、しっかり後継者を育成し、女性をふくめて部下への仕事の割り振りがうまい家康。この三点で圧倒的に劣る秀吉。豊臣編は、秀吉がすでに頂点に立っている状況で始まったので、終始もう腐って落ちていくしかない不穏な空気が満ちていた。