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『夏目漱石の妻』第4回『たたかう夫婦』

連続ドラマ

『坊ちゃん』のキヨ=鏡子なんて、こじつけすぎじゃあないかと思ったら、孫の房之介が唱えている説だとか。相性がいいんだか悪いんだかわからなくても結婚生活というものは続いていく、みたいなまとめもありだと思うが、肯定的な空気で終わらないと鏡子夫人が浮かばれない。

冒頭は漱石が謡を披露する場面。弟子だか友人だかに「ヤギが絞殺されているようだ」と酷評された酷い声ではなく、ふつうに音痴という表現だった。こんなところで安いお笑いを入れたくないというスタッフの矜持か。

かわいがっていた文鳥が死んで激昂する漱石。たかがペットが死んだくらいという鏡子の反応は、当時というか昭和のなかごろまでの常識で、「坊主を呼べ」のほうが常軌を逸している。演出によってはブラックコメディにもなったろうが、今回は夫婦の亀裂をきわだたせていた。

荒井の造形が興味深い。子供たちにはなつかれ、鏡子にたいしては差し出がましい口をきき、ほかの弟子には優越感を示す。金銭面で房子に迷惑をかけ、新聞社におしかけて漱石を中傷する。池端俊策NHKでの仕事がすくなくないのに、今作でも『足尾からきた女』でも活動家の無責任や卑劣を仮借なく描き出す。満島真之介は巧いのだけれど、涙流すより人に聞こえる声を発するほうに注意を払ってほしいと思う場面がちらほらあり。

按摩を演じる梅沢昌代があいかわらずいい味を出している。あんなおばちゃんでも『野分』なんか読んでたのか! そして、鏡子が息抜きできて、かつ大人相手に本音をつぶやける貴重な時間を描きながら、当時の漱石作品の人気やら日本人の知的水準やらをうかがわせる一コマであった。

尾野真千子は毎回好演してきたが、今回は結婚生活も十年に入っている女の疲れや生活感をさりげなくにじませていた。修善寺の大患での、山ほどいやなところがあっても絶対に死なれたくない夫への「あなた!」も真に迫っていた。いいシーンでどうでもいいことが気になったのだが……鏡子の涙をシーツがはじいていた。撥水シーツってあのころあったのか?

文人なんて配偶者としても交際相手としてもロクなもんじゃないと悟り、堅気の名古屋人と結婚する房子は賢い。最後の手伝いをする場面の房子は匂うように美しい。嫁入りを控えた娘としての黒島結菜の演技が秀逸だったのか? それともメイクの技術によるものか? 房子は夏目家で花嫁修業をする間に、男どもを観察しただけでなく、鏡子の人となりを深く理解し、『青鞜』の思想に触れ、実に充実した四年間を過ごしたようだ。

ラストの漱石の「君はどこまでも君だね」は、房子の「女性にも個性はあります。鏡子さんを見てそれがわかりました」に対応する台詞か。山の緑に白い衣装をまとった夫婦が映える。『坂の上の雲』を彷彿させる絵作りで、柴田岳志はこの場面を一番撮りたかったのかと思うほどだ。


「くさくさしてしかたがない」なんて、ドラマでは久しぶりに聞いた言葉だ。「~してらっしゃい」や「~なさい」が、かならずしも目下相手の言葉遣いではないことを、若い世代にわかってもらえたかなぁ。このほかにも、漱石の小説に出てくるような言い回しが多々あり、耳にも楽しいドラマであった。池端氏は日本語の達人ではあるが、ずいぶん前から「お食べになる」という台詞を書くのが少々ひっかかる。


イギリスでノイローゼになって帰ってくる漱石が日本人のシンパシーを呼びやすいのにひきかえ、ドイツに行って白人相手に堂々と論戦を挑み、女泣かせて帰ってきちゃった鴎外はいまいちドラマになりにくい。数少ない鴎外関連の映像作品の一つがNHK単発ドラマ『玉と砕けず・ある森鴎外伝』(作:山下久、演出:望月良雄、制作:高橋康夫)である。この傑作を再放送するか、あるいは新作に挑むかしてもらえないものか。

オノマチはハセヒロとのかけあいだけでなく、借金を申し込みにきた中根、塩原との(ある意味)たたかいの場面に魂がこもっていてすばらしかった。身長は本人とかけはなれているにもかかわらず、当分長谷川博己以外の漱石を見ても違和感しか湧きそうにない。第4回の夫婦、親子の諍いの場面には、前回までより怖さが増していて、明治の男の不機嫌はこれくらい嫌な感じだっただろうなという説得力があった。だからこそ「うちへ帰ろう」という愛の言葉に重みが出る。
期待したより出番がすくなかったが檀蜜もよかった。斜め後ろから映されたときの、ほっそりした首のなよやかな美人ぶりときたら! 今作といい『経世済民の男高橋是清』といい、作品と共演者に恵まれているなぁ。昔の女の風情を出せる人なので、これからもNHKの文芸ドラマなどで重宝されそうだ。

明治の文人ドラマといえば硯友社は恰好な題材なので、森下佳子あたりに書いてほしい。ちょび髭生やしたハセヒロは山田美妙に似てないこともないが、演じるなら尾崎紅葉だろう。

池端ドラマのオノマチにはなんの不満もないが、そろそろまたガサツでない役が回ってこないと役柄が限定されてしまいそうで心配だ。