『シン・ゴジラ』(総監督:庵野秀明、監督・特技監督:樋口真嗣)

ネタバレあり。


後方に坐った子ゴジラがときおりガサガサモソモソするたびに集中力が遮断されたが、それ以外ではどっぷり庵野の映画の世界にひたれた二時間であった。この手の作品を見るときはメタにおもしろがるだけで終わりがちなヒネコビタ映画ファンにはめずらしく、首脳陣の乗ったヘリが追撃されあたりではほんとうに心が苦しくなった。

海保オタ、陸自オタ、海自オタ、空自オタが盛り上がるのも納得の出来。官邸オタ、事務機器オタ(いるのか?)などにとっても嬉しい作品だろう。鉄オタは無人の新幹線や在来線を生贄にする場面に欣喜雀躍するのだろうか、それとも「Nゲージをそんなふうに扱うなぁ!」と激怒するのだろうか? 行政システムについてのねちっこい調査が、ひじょうに魅力的な対策本部ストーリーに結実している。本作で一番ユニークなのは、このシステム描写かもしれない。

上映終了後、一部の大きなお友達が拍手したので当方も便乗。満場に拍手が広がるかと思いきや、そんなことはなかった。観客が右へ倣えの日本人ばかりじゃないということで、それもまたよし。

できればあと五回は見たいところだが、ちょっと無理そうなのでDVDが出たら速攻で買うしかない。9月20日、出版予定の『ジ・アート・オブ・シン・ゴジラ』(監修:東宝、編修:庵野秀明、出版:グラウンドワークス)も待ち遠しい。

監督たちは、メッセージ云々よりもとにかく最先端の技術を駆使しておもしろい怪獣映画を撮ることを目指したのだと思う。制作が東宝であって〇〇製作委員会ではなかったおかげで、その意気込みが潰されずにすんだようだ。

近年の邦画にありがちな駄目な演出を排除したのが勝因だとよく言われているが、タフなスーパーヒーローが大活躍するのではなく、職業意識の高いやや優秀な人々が協力して難局に当たるところ、主人公が誰かとくっついたり別れたりしないところは、非ハリウッド的な日本的な手法である。この二点は、出来がいいほうの邦画の一つ、『ハッピーフライト』と共通する。矢口が官房副長官、赤坂が総理大臣補佐官、尾藤が野生生物課長補佐、泉が政調副会長。重要な登場人物のポジションがいずれも"サブ"だというのも今作の特徴か。矢口にはマッチョイズムのかけらもなく、毛並みがいい設定ながら、外国映画に出てくるエスタブリッシュメントにありがちな富のにおいも威圧感もない。


冒頭の東京湾アクアラインの不気味な出来事やら、何通りもの会議やら、テンポが速く場面転換がひんぱんなのに観客を混乱させない。あの内容を二時間におさめたのは驚異的。会議会場のセッティングのすばやさに唖然とした。わざわざそこで場所を変えるのか!と驚かされることもあった。

蒲田に不細工なクリーチャーが出てきたときは、まさかあれがゴジラとは思わず。あれと別にゴジラが出てきて戦ったりするのかと思ってしまった。

首相が最初に攻撃開始の決断を迫られる場面。ふつうの国なら、あとで何十万何百万の死者を出さないために、「撃て」と命令するよなぁ……と思ったが、いずれにしても通常の銃火器では倒せない相手なのだった。

事態をいたずらに楽観視したり、「想定外だよ」で思考停止したり、縦割り行政で非効率的なところがあったりといった日本人の欠点にふれつつも、「そんなら変えればいいじゃない」という軽やかさがあった。被害者とか被抑圧者の視点で上に文句を言うのでなく、自分たちで責任を持って対処しようというムードが好きだ。
邦画にしてはエリートの活動場面が多いにしても、逃げ惑う住民たちの描写は十分あったと感じる。瓦礫の下から死者の脚がのぞく場面もあったし、ゴジラが通過した町の惨状を目にすれば小学生でも死傷者に想像が及ぶのではないか。

戦闘ヘリが一斉攻撃したり、ずらりと並んだ戦車が狙いを定めたり、やはり実写で拝むと血が騒ぐ。

自衛隊の総攻撃がきかないとわかった瞬間、オペレーションルームで米軍上層部が立ち上がって部屋を出て行く。説明抜きで次に何が起こるかがわかる演出。だが米軍の爆撃機でさえゴジラに歯が立たないと判明して前半が終了する。

重苦しい雰囲気で幕開けする後半。泉の明るさが救いになっている。
国連安保理の非情な結論にショックを受けながらも、独自の解決法を編み出そうとする巨災対。血液を凍結させるメカニズムがよくわからなかった。この点について生物オタや化学オタが興奮したようすもない。DVDが出たら要復習か。

「中露が(日本への核爆弾の投下を)せっついています」は、サヨク脚本家なら絶対に書かないリアルな台詞だ。いわゆる製作委員会方式だったら、横やりが入って削除されたかもしれない。
底意地の悪いフランスが日本の要請に応じるくだりは、せこい交換条件でも設定すればいいのにと思わないでもなかった。だが、フランス大使に頭を下げ続ける里見たちの姿には、ああ日本人と胸が熱くなる。

凍結作戦は、血液凝固剤を充てんしたミサイルを口中に撃ち込むのかと思ったら、もっと地道なやり方だった。クレーン車大活躍のヤシオリ作戦を見て、不謹慎にも(?)「ゴジラの歯医者さん」という言葉が頭に浮かんでしまった。無理やり歯医者の椅子に座らされた幼児のようなゴジラであった。「歯医者さんのゴジラ」と呼ぶべきか。


戦闘シーンと会議のシーンだけでも十分満足できた内容だが、それ以外にも見どころはたくさんあった。
「この国はまだ大丈夫だ」
「そろそろ好きにしたらいいんじゃないですか」
の二つの台詞が忘れがたい。
諦念に満ちた『ゴジラ』第一作にくらべると、科学や国際協力への希望や信頼が描かれて後味がよい。
若い人たちは、いつにもまして日本dis番組が多い8月のテレビを見るより、映画館で『シン・ゴジラ』を見ていただきたい。(オリンピックでは日本選手の活躍が見られるのか)

先月までは「何がゴジラださっさとエヴァを完結させてくれ」と思っていたが、すっかり考えが変わった。エヴァは立ち消えでもいいから、庵野監督&樋口監督には、またおもしろい特撮を作っていただきたい。そのときは、ドローンの活躍"も"期待。

上映時間の都合でキャストがものすごい早口だった。台詞のペダントリーは雰囲気を楽しめばいいだけ、なときもある押井作品と違い、今作は内容を聞き取れないと意味がないので、台詞回しに難がない人が選ばれたことに納得する。滑舌に難のあるイケメンはひと言しゃべって退場扱いだった。長谷川博己が「立て板に水」をやれるのは知っていたが、市川実日子があそこまでやれるとは思わず。パタースンについては事前にいろいろ聞いていたので、かえって反感を持たずにすんだ。片親だけでも日系人だとしたら、むしろ訛りのない部類に入るのではないか。キャラの点でも、あの手の駐日米人としては無神経さも明るさも鼻につかないほうだ。


おそらく十分の一くらいしか気がつかなかったオマージュ、気がつきたかった小ネタなど
*牧博士の写真にびっくり。どんだけ岡本喜八が好きやねん。

*ヤグチランドウって、イカリゲンドウのパロディー?
*首相が秋田出身であることを示す小物があると聞いていた。台詞をしゃべる人々に気をとられて、背後に映るものを見逃してしまった。
余貴美子の胆の坐った防衛大臣かっこよかった。ドラマ『外事警察』での官房長官の演技を思い出す。庵野監督は『外事』を見たのか?
*深夜、オフィスで働く清掃会社の男性の姿も、よきプロフェッショナル賛歌であるこの映画らしい一コマだった。ロングショットなので顔が判別できず。じつは大物俳優だったりするのか?
*避難準備中の三人親子のいるマンションが破壊される場面が、『巨神兵東京に現わる』の破壊場面に似ていた。
*会議中にエヴァのBGMが流れた。何度聞いてもついつい『踊る大捜査線』の音楽と間違えてしまう。
*連れが「会議のようすがネルフと似ている」と指摘。自分には陰謀のにおいがプンプンするネルフと今作の会議とはかなり違って感じられた。
*戦闘シーンで伊福部作曲のマーチが流れるとアがる!

*ヤシオリ作戦はヤシマ作戦へのオマージュかと思ったら、ヤマタノオロチに飲ませた酒の名とは! SF作家は古事記がお好きなのか。今も八塩折仕込みの酒が造られていると知って二度びっくり。映画の影響で売り上げが伸びるとよいな。
*ラスト、皮が溶けた(?)ゴジラの尻尾が苦しみながら死んだ人体のような形だった。