『真田丸』第8回『調略』

久々におふざけシーンが少なく、また"本来の"直江兼続の言動もふくめて大河ファン歴史ファン待望の調略劇が描かれ、少なからぬ視聴者に至福の時が訪れた夜だった。

ちょっと笑えたのは、お仕事内容を勘違いしている脳筋おにいちゃんとしっかり者の梅との会話。
「ご武運を」
「北条の奴ら、蹴散らしてやる」
「兄様、違います! 敵は上杉!」
「もうわからなくなった。とにかく攻めてくる奴らが敵じゃ」
昌幸のようにむやみに策を弄する親分がいると、下の者は苦労が多い。これ、ユーモア風味なしに描こうと思ったらどこまでもどんよりした場面にできる。

夫が上機嫌なので「うまくいっているようですね」と勘違いする薫に、「窮地を楽しんでおられる」と応じる内記もよかった。阿茶局のような賢婦人でないかぎり、意思の疎通は"直属の部下>>>妻"なのだ。今後も、近年耳にタコの「私には心のうちを全部話してくださいませっ!」は出ないといいなぁ。

昌幸が北条の前に出るシーン。弦楽器を使った(?)効果音が緊張感を高める。
氏政「戦は楽に終わるなら、それに越したことはない」
氏直はまだまだこういう合理的な境地に達していない。が、しゃべるときのヘンな抑揚は明らかに父譲りだ。

今回の見どころである信伊と信繁の調略シーンは堪能した。が、贅沢を言えば、信繁が信達にむかって「あなた」呼ばわりは――信達の「そなた」の対ということかもしれないが――やや時代劇的雰囲気を損なった印象。「貴殿」では小童の台詞としてはそぐわないという判断だったのか。

信繁と同じく信玄を恐れ敬い、父のように立派になりたいと思っている春日信達。心を込めて説得すれば、意気に感じて北条側に寝返る……ところまでしか考えない信繁。しかし、昌幸、信伊といった大人たちは信達の血と引き換えの利益を狙っていた! 昌幸を、(現時点で判明している)史実よりさらに黒く描き、物語を盛り上げる。三谷幸喜に惚れ直した。
登場時の前川泰之には、カラッとした男らしさがあった。誰もがしんどい浮世を生きていながら、基本的には明るい人が多いのも今作の美点だ。

先週に引き続き、『天地人』の敵を取ってくれる村上新悟。「のーぶーはーるーどのっ、そなたはどうじゃ?」の言い方も素敵である。

北条からの証文を手にした信達が深い喜びに震え、かたわらの信繁も邪気なく喜ぶ。と、信達を一突きする信伊。一瞬で世界が変わるドラマチックな演出だった。信達が倒れてからのBGMが重厚というかマーラーっぽいというか服部隆之もこういうの書くのかと思った。刺殺現場に立ち会う直江。「見せしめのため磔にせよ」。兼続と信伊の視線が交錯する。室内で信伊が「兼続がこちらの尻尾をつかむのも時間の問題だ」と語る。ほんとうに息詰まる場面を一気に見せてくれてありがとう! 誇りと歓喜の直後に無惨が訪れる陰謀劇。純真さが残る信繁は大人の世界の一端を知って大ショックを受けるわけだが、視聴者から見れば、逃げずに無惨が描かれるからこそ、死んだもののふの心情の美しさを味わうことができるのだ。なんといっても当事者じゃないから、単純に昌幸の深謀遠慮に感心できる。

北条が撤退を決め、昌幸は殿をおおせつかる。「せめて殿りっぱに務めて汚名を返上せよ。生きて帰ったらまた会おう」。この室賀の台詞には一抹の人情味がある。苦労の多い国衆仲間ならではの声掛けでもある。

前回までは、北条と徳川と上杉の状況がごっちゃにならないよう、三氏はなるべく回を分けて登場させる趣向だったが、今回はいっぺんに出てきた。そして、視聴者が混乱しないよう、信繁と家康にていねいに(たいくつな説明台詞と感じさせないように)昌幸の調略について語らせている。いろいろサービスに手抜かりがなく、立派な脚本である。
「しわ寄せで戦うはめになってイヤァ~~」
情けないながらも、家康が昌幸と同等以上の判断力の持ち主であることがうかがえる。まともな作劇なら、こうしてビビり体質と頭の良さは両立するのだなぁ。

次週の予告では「お前は策とは何かを」と言いかける父上に、信繁が「知りたくありません」と朝ドラ女みたいに抵抗していた。今年の作風だと、現実から目をそむけて拗ねる時間は短そうだが、梅のために強くなる方向を目指すのだろうか。

おっさん萌え大河としても絶好調の『真田丸』、ここに千葉哲也を出さないのはもったいない。出演のニュースは耳にしないが、まだまだ期待。