『逃げる女』終わる

梨江子が乗った電車がガタンゴトンと走り、エンディングテロップが流れる。このあたりで、本当に作り手が"逃げない"ドラマを見せてもらったとあらためて思い、青空と雲の塩梅が理想的な空の下、浜辺に立つ二人の女の後ろ姿を見て、黒崎Dは映画に負けないものを撮ったと感じた。もちろんストーリーや各登場人物の見せるアクションはすばらしかったが、何度か出てくる女二人の後ろ姿も印象に残った。

上野耕路の音楽は、緊迫感のある女のロードムービーならぬロードドラマにぴったり。エンディングの音楽には、バッハの宗教曲のアレンジめいたおごそかさを感じる。

鎌田敏夫作品といえば、2001年の『バブル』で初めて見て痺れ、2014年の『おやじの背中』でいささかがっかり、そして『逃げる女』でふたたび興奮させられた。ヒット作を連発していた時期のフィルモグラフィーを眺めても興味が持てるものはないので、ぜひまた来年か再来年NHKで骨っぽい作品を書いてほしい。「寂しさ」をめぐってこんなスリリングな物語を作れる作家はそうそういない。流行りすぎてすっかり胡散臭くなった「人に寄りそう」という台詞がなかったのもたいへん好印象だ。

第5回『あなたしかいない』での刑事の会話。
佐久間「これだけじゃ、課長をあげることはできませんよ」
柏木「そんなことは、わかってるよ。ただ、お前のやったことを俺たちは知ってる。それだけでいいのよ」
自分は最終回の冒頭、もしかしたら天野があずみを殺したのかと勘繰ってしまったが、そんなことはなかった。本筋と関係なくとも味のある忘れがたい台詞だ。

最終回『滅びぬ愛』が始まって30分あたり、美緒が「おかあさん」の話を始めてから、居酒屋を突き止めた佐久間への発砲、女たちの逮捕、刑事の「生きて証言せねば」というモノローグ、梨江子と綾乃の再会。たたみかけるとしか言いようのない演出だった。

刑事ドラマ、医療ドラマをのぞけば、主人公の学歴、赴任地、職業の設定に、ここまで必然性があるドラマは希少。そして主人公と対照的な境遇で生きてきた女との出会いや道行に説得力のあること! 本作を日本版『テルマ&ルイーズ』だと評する人が多いので、『テルマ』DVDもそのうちレンタルしてみたい。

寂しい野犬を体現した仲里依紗以上に、冤罪で服役した過去を持ち、何もかもはぎ取られた元児童養護施設職員を演じた水野美紀がすばらしい。主役として真実を求めてもがき苦しむ場面があるいっぽう、他のキャストに対しては受けの芝居をしなければならない場面も多かった。役の設定も相まって発散できない辛さを感じることが多々あったはずだが、芯の通った硬質な芝居が立派だった。
遠藤憲一は、ちかごろは強面売りだけでなく、可愛い気やコメディセンスも発揮しているもよう。今作では「今度こそ西脇を救いたい」との思いで、ヒロインを追跡する。梨江子だけでなく別れた妻に対しても悔いるところが多い男だ。いままでになく繊細で、ときとして透明感すら感じさせる役作りだった。
登場人物中、安藤刑事だけは過剰な憎しみや悔いといったネガティブな感情と無縁のまっさらな人物である。中立的な位置に立つ安藤がこれからの裁判の説明をすることで、ドラマにおさまりがついた印象を与える。賀来賢人の個性が安藤に合っていた。
かつて梨江子に思いを寄せていた同級生を演じたのが高橋務。この人は何をやらせても安心。『真田丸』にも出てくれないかなぁ。

昨年の『64』に匹敵する力強い人間ドラマ。たぶん今年のベスト5に入ることになるだろう。