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『杉原千畝 スギハラチウネ』(チェリン・グラック監督)だらだらメモ

ネタバレあり。
シネフィルの「予告から想像するようなお涙ちょうだいじゃない、上出来の諜報ドラマだ!」とのつぶやきに影響されて鑑賞。監督は日本生まれ、日本育ちの日系アメリカ人。父はユダヤ系米国人、母は日系米国人。

・冒頭からアクションシーンで引き込まれる。が、『キネマ旬報』の特集を読むまで、杉原の平凡な面を表していることに気づかなかった。

・汽車の映し方がかっこいいと思ったのだが、意外とそれに関する鉄オタの意見を見かけない。

関東軍とドイツ軍の描き方があいもかわらずでげんなり。貧しそうなソ連の老兵がさもしい真似をする場面は、最近の邦画にはめずらしい。

ユダヤ人迫害はドイツの専売特許ではない。ロシアにも、邦画にかぎらずきれいな国っぽく描かれがちなポーランドにもポグロム(そもそもこれロシア語)の歴史があるのだが、おおぜいの観客をターゲットにするメジャー映画では描きにくいのか。

ポーランド人のペシュが「シベリアで(ポーランド孤児)を救出してくれた」と言う場面で、日本語字幕が「日本には恩がある」だけじゃだめじゃん。

・杉原夫人が前半、赤いドレスばかり着ているのは何か意味があるのか? 小雪とどこぞのアパレルメーカーが提携している関係とか?

・子役が出すぎず語りすぎず、使い方が絶妙だった。杉原の息子が無言で皿を差し出すシーンが静かで胸を打つ。

・期待ほど諜報ドラマじゃないなぁ……と思っていたら、ピクニックでパシャリ! 少々心が浮き立った。

・アメリカの日系人収容所や日系人部隊がダッハウ収容所を解放する場面を入れたのは、邦画にはめずらしい視点。監督が日系アメリカ人を母に持つゆえなのだろう。

・ネットでヒットする件数は少なかったが、監督の父親はユダヤ系らしい。監督のこの作品への思い入れは両親の出自と当然深く関係しているだろうが、ユダヤ側を過剰にセンチメンタルに描かないところに見識を感じる。

・監督は『キネ旬』インタビューで「制作側から『もっと泣かせる演出にしろ!』と言われたけど、はねつけた」と語っている。ありがたいことだ。この映画がヒットしたら、ほかの監督ももうすこし自由にドライな演出がしやすくなるだろうか。

・押し寄せるユダヤ人難民の数が増えすぎ、日本政府が受け入れを拒む。根井三郎(二階堂智)がジャパン・ツーリスト・ビューロー職員の大迫辰雄濱田岳)にユダヤ人難民を船に乗せるよう要請する場面が忘れがたい。大迫は「本国から拒否されている以上乗せるべきではないし、助けなかったとしても他国から責められることはないでしょう」と大人の常識を働かせて応えるが、一瞬の間をおいて「でも、わたしは助けたい」とつけくわえる。俳優がだらしなく涙を流したり、おおげさなBGMで盛り上げたりしないからこそ、いいシーンになった。濱田が抑えた演技で内面の強い意志を表現していた。

・主人公と根井の出身校がハルピン学院。同校のモットー「人のお世話にならぬよう、人のお世話をするよう、そして報いを求めぬよう」が二人の行動規範となったように描かれている。今こんなこと言ったら「権利意識を育てないのか!」と批判されそうだ。

・杉原の尽力でイリーナとともに渡米した科学者は、日本に大災厄をもたらした武器の開発に加わった(もちろんフィクションだと思う)。杉原からさんざん早く国を出るよう忠告されていた工場経営者は、国外脱出の前に射殺されてしまう。エンディングでは、無事に二次大戦後何十年も生き延びた人々の写真が流れる。主人公が並々ならぬ決意で力を尽くした結果が一様でないところに、この作品の奥行きがある。科学者のエピソードはさらっと語られるものの、「生き延びたとして善をなすか悪をなすか予知できたなら、救うべき命と救うべきでない命を分けるか?」という問いを突きつける。

唐沢寿明は一流の舞台俳優だが、映像だと目で語る演技が得意とは感じない。今回は、たとえ妻の前でも感情をすべてさらけ出すことのない人物を演じてはまり役だった。これで"真田広之と一緒に写真撮ってもらって喜んでたおにいちゃん"のイメージがやっと消えた。今後は、うっかり映画の宣伝でバラエティ出演しているところを見ないよう気をつけよう。

・見て損はなかったが、諜報ドラマとして期待しすぎたため肩すかしな面もあった。来夏NHKで放送予定の『百合子さんの絵本』では、そっち方面を本作より緻密に描いてほしい。