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『経世済民の男』シリーズ『高橋是清』の感想と『おかしの家』への期待など

単発ドラマ

高橋是清が生きた80余年を、二時間で一気に駆け抜けた。「財政の天才」の側面を存分に描き切ったとは言いがたいが、政財界の要人たちとの折衝、女や子、孫たちとのあれこれをかいつまんでおもしろく見せてくれた。前編より後編のほうが勢いがあったように感じる。
主人公ふくめて暗殺された人物がこれだけたくさん出てくるドラマも久々だが、いずれも暗殺現場は映さず、またペルーの銀山詐欺がらみで是清が「山師呼ばわりされたり、こづきまわされたり」したくだりも、台詞でさらりと流すあたり、趣味が良い。

思いつめた子供たちが「しじみ売りをします!」と言うのをなだめた是清が、次のシーンでは貧乏長屋でしじみを洗っているのにびっくり。建設事務の主任の口を紹介しにやってきた前田正名の言いぐさがいい。「川田総裁に頼んだんじゃ……ハハハ」「銀行員は無理じゃろ。日銀の信用にかかわるからな、ハハハハ」
赤ん坊を負ぶって子守する少女たちを映すなど、時代の風俗をさりげなく丁寧に紹介するあたりも好もしい。

建設予算の会議で、「経理の監査は穴だらけです!」ファイルをドン!と卓上に置くなら、ついでに中身もすこしは見せれば視覚的なインパクトがあったのに。説明テロップつきでもいいからさー。

元老たちから日露戦争の戦費調達を任されるくだりとパーズ銀行を説得するくだりに、質量とも演出の力が入っていた。

井上たちを前にかしこまるシーンからどんどん視点が高くなっていって、最後は全員が立った姿勢になり、首相と是清が握手する。印象深いカメラワークだった。

英国人相手の交渉場面は、山本むつみならディベートをさらに突っ込んで描いただろうと思うが、会話に"dignity"を盛り込むかと思えば、ねずみのステーキねたは出てくるし、一場面にさまざまな要素を盛り込む手腕はジェームス三木ならではか。泣き落としでなく相手の損得勘定に訴え、なおかつ日本は債券の支払いがきちんとしているという"事実"を述べる作りにほっとした。NHK、民放を問わず、感情的な説得シーンにうんざりさせられることが多いので。その後のシフ対策でも、日本軍が鴨緑江を突破して北へ快進撃している"事実"を述べ、なおかつ、英米とロシアは敵対関係にあるだろー!とか、日本人はサムライばかりだとか、なかばハッタリをかますのも愉快。

後編の後半は、軍事費を削れば庶民の生活が楽になるみたいな描き方だが、そんなもんじゃないから"大陸に活路を見出すべき"論が出てきたのに……このへんは、しょせんいつものNHK節。

是清とお君の再会シーンは、役者の控えめな好演といい、緑したたる風景といい、水音にかぶさるBGMといい、つまり全体の風情が映画館で見たいような一幕だった。
薩長出身でもなく学歴もなく品格もないのに、いまじゃ男爵様じゃ、と感慨深く語らせる台詞で、さらりと元みなしごの立身出世ぶりを説明するのがうまいし、その後の会話が役者の表情も含めてなんとも含みがあり、色っぽい。
「そういうわしを、なんで見捨てた?」
「足手まといになってはならないと思いました」
「ふーん」
たしか同棲中にはべたべたしたシーンはなかったと思うが、おそらくは今生の別れとなりそうな階段を下りる場面で、初めて――長年のわだかまりがほぐれたこともあり?――男と女の手が触れ合うさまを映す。

是清、品子、ケイコの関係の描き方も近年になく大人向き。三人が一緒の場面では、つねにケイコが数歩下がって控えている。平成のNHKとしては、勇気を奮い起こして妻妾同居めいた設定を出したのか、あるいはオダジョーのファンなら次元の低いクレームを寄こさないから安心して出したのか?
ケイコの妊娠が語られるシーンで、是清が剥くのが林檎でも梨でもなく桃というのが、なんともなまめかしい。病人の部屋に綺麗に花が活けられていて、ケイコがしっかり家政を取り仕切っていることがうかがわれる。
「なんでしたら、ケイコを後妻にしてやってください。私は身を引きます」
「ばかなことを言うな。高橋是清の妻はお前しかおらんのじゃ」
ここで夫の手からそっと自分の手をはずす妻の仕草。夫の裏切りにヒステリックに噛みつくことはなく、しかし人形かロボットのように唯々諾々とするわけでもない。なんで大河でこういうのが描けないのか?

が、直後いきなり子供が二人増えているのが少々笑える。ケイコの子を高橋の籍に入れる案を夫から聞かされ、ケイコに「あんた、それでいいのかぇ?」と訊く品子。こういう場面のミムラの表情にはほんとうに見惚れる。

関東大震災発生。
独語的な台詞でもっとも印象に残ったものの一つ。「ケイコ、一瞬先は闇と言うたな。それは目を閉じてじっとしてるからじゃ。カッと目を開けて前を向けば、一寸先は明るいかもしれん。いや、きっと明るい」

大恐慌を乗り切るための、お札の片面印刷は初耳。是清の伝記に興味がわいてきた。

誕生祝に、子や孫から「心はこれ、つねに楽しみとなす」の書を送られる是清。この時の台詞は、上記のものとともにもっとも印象深い。
「人は誰でも楽しみがなければ生きていけん。だから、心の畑に楽しみの種をせっせと植えにゃならん。しっかり水をやって草むしりをし、楽しみの花を咲かせにゃならん。今のわしはの、日常の暮らしの一つ一つが楽しい。朝はパンとコーヒー。昼は卵かけごはん、夜は魚と三号の酒。だがな、一番の楽しみは、お前たちの元気な顔を見ることじゃ。よいか、人は皆、歴史を走る中継ランナーじゃぞ。親からもらった命のもとを次から次とつないでいくんじゃ。財産なんぞ残さんでいい。お前たちが何よりの財産じゃ」残さんでいいなんて言えるのは、今が金持ちだからだと思うが、主人公の明るい人柄を活かした言い回しだ。芝生でたわむれる孫たちや幸せそうな大人たちの映し方も含め、ほがらかでいい場面だった。

板垣の台詞は、内容はありがちでも、言葉遣いがむくつけきものではない。今回のジェームス三木ドラマの一番いいところは、野暮じゃないところである。

全体に是清の天才性を描くより、知恵や愛嬌や色気のある人たらしぶりを描く箇所が多かった印象だ。是清を囲む人々の反応がさまざまでおもしろかった。対話劇として魅力的な箇所も忘れがたく、せめて三か月くらい見たかったと思わされる。次期朝ドラは、人情の機微も政財界の大きな動きも今作の半分もうまくやれそうもないのが残念。『是清』を仕切った山本敏彦Pのほかの作品の情報を知らないが、次回作が楽しみだ。
公人としての是清を描く場面が、音楽担当:佐藤直紀ということもあり、ところどころ『龍馬伝』みたいだったが、もしかして大友啓史のほうが田中健二の影響を受けていたのか?

オダギリジョーはとっくの昔に映画俳優としての地位を確立し、味のある作品選びで深夜ドラマでも実績を残しているが、今作はゴールデンタイムのドラマとして代表作になるのではないか。(『八重の桜』では好演していたとはいえ、扱いが十分ではなかった)映画で陰のある役を中心にやってきた人だが、今作では陽性のだるまさんを魅力たっぷりに演じていた。ソフトな声質が幅広い年代を演じる助けになっていたようだ。

『一路』コンビの藤本隆宏ミムラも好演。
ミムラは実に得難い女優さんだ。美人ふう、ではなくほんとに美人だし、ハイクラスな情感がある。威厳や落ち着きが必要な旗本の正室や政財界の大物の正妻がはまる。

GMTリーダーの松岡茉優は、眉毛描き過ぎと老けなさ過ぎが気になったが、しっかり者の女中頭が嵌っていた。『限界集落株式会社』もよかったし、NHK御用達女優として地道に生きる女をどんどん演じてほしい。松岡、黒木華蓮佛美沙子は(三人目はイメージだけだが)平成の三大女中役女優と呼びたいところだ。


頼みの綱のAXNミステリーも、『主任警部モース』再放送は終わってしまったし、『ルイス警部』は来週終わるし、『一路』も『まんまこと』も後半に突入したし、10月からは久々にドラマ無縁生活か……と思っていたら、予想外のニュースが!
TBSが深夜水曜に、駄菓子屋を舞台にしたほのぼのドラマ『おかしの家』を放送するとか。監督、主演は『舟を編む』コンビの石井裕也オダギリジョー。主演にはおよそ駄菓子屋の親父のイメージはないが、やらせればきっと独特の味を出してくれるだろう。共演がまた映画的というか、尾野真千子勝地涼八千草薫と気になる面々。オダジョーとオノマチのコンビはまったく想像がつかないだけに、この目で確かめなければ気が済まない。オダジョーは傑作の予感がする『合葬』も控えている。『メゾン・ド・ヒミコ』で彼の魅力を発揮させた渡辺あやが脚本だ。才能のあるスタッフとキャストの組み合わせが続々実現して嬉しいかぎり。