『天皇の料理番』の登場人物と名優たち

「とりあえず夫sage妻ageしとけば基礎視聴率7%はチョロい」みたいなさもしいテレビ屋根性をにおわせることなく、どの登場人物も敬意をもって造形されていた。平成風の恋愛結婚だけが男女の幸福な結びつきでないってことを、達者に描いていたのだが……大河のPさんは見てなかっただろうなぁ。

*秋山篤蔵(佐藤健
若手と呼べる年代で、このような正統派の(なりは小さくとも)大型俳優を見たのはいったい何年ぶりだろう? そもそも、本格的な芝居をする場を与える脚本が久しくなかった。血気盛んで、まばゆい光を放つがゆえの欠点もある明治生まれの快男児を、佐藤氏は骨太に100パーセント体現した。(『マッサン』の玉山鉄二にも言えることか)
スポーツ的な運動神経に恵まれているだけでなく、いろいろ勘が鋭い人だと思う。努力だけでは、あそこまで一流シェフになりきれまい。ベテラン演技派と呼ばれる俳優でも、外国語を話す場面になると顔がこわばったり、逆に不自然にくねくね体を動かしたりする人が多い。この人は、フランス語をしゃべっても演技のレベルがまったく落ちない。英語にはフランス語ほど慣れていない設定も、演技でにじませていた。
すでに木皿泉や大友啓史から愛されているようだが、どんどん一流のクリエイターと出会って活躍してほしい。木皿泉との対談を見て、脚本を読み込む知性に感心したので、今後も行間を読み込ませるタイプの脚本家と出会えますように。ゆくゆくは大河の主役を張る人だと思うが、そのころまともなプロデューサーがいてくれないと困る。

*俊子(黒木華
旧弊な忍従のみの人ではなく、破天荒な篤蔵と出会ったことで、ここぞと言うときは自分の気持ちを表す女性に変化した。子供たちを教え諭す演技は、二十代半ばとしては出色ではないか。現実にはああいう育ちの人が産婆になったりするか?と思わないでもなかったが、「お役に立てるなら」と後妻に入った嫁ぎ先で実子に恵まれず、貰い子の母親への申し訳なさから家を出て人の子をとりあげる仕事につく、という森下ロジックが独特。

*周太郎(鈴木亮平
体重コントロール云々以上に、学士様、それも帝大生がほんとうに特別な存在だった時代の、若き知識人の佇まいがすばらしかった。森下女史は明治大正期の名作文学をかなり読んでいると想像する。「善人面をして~するもよし。悪党のそしりを受けようとも~するもよし」なんて、久々に聞けた明治人らしい台詞だ。「おれも存外生臭い人間だ」を含む手紙の文面も見事だった。近年、大河ドラマを見ていて泣きたくなるのは、賢いはずの登場人物がそれらしい台詞をまったく言わせてもらえない(山本むつみ脚本は除く)こと。来年は大丈夫そうだから、再来年から、IQ高めの人間の台詞だけでも森下女史ないし山本女史に書いてほしいくらいだ。

*新太郎(桐谷健太)
一番予想を超えた好演を見せてくれたのが桐谷氏。軽いだけの俳優なら今の三十代に掃いて捨てるほどいるけれど、"軽みのある"芝居ができる人にはなかなかお目にかかれない。「おまえさん、~かい?」の言い回しがよかったなぁ。お調子者でケロッとしてて、焼け跡から売り物になりそうな人形など掘り起こす"これぞ庶民"のたくましさも備えている。いろんなところに"転がり込む"才能が抜群。100%能天気でもなくて、心の底に自分はけっして非凡な画家ではないという澱を抱えている。新太郎の存在がドラマにふくらみを与えていた。新太郎と茅野の「つきあったこともなく別れたこともなく、いつも一緒にいた」関係が忘れがたい。

*梅(高岡早紀
色っぽくて、商売のイロハの指南もできる女将。こういう役は鉄板。ちゃっかり「宮内省御用達」として料理を出そうとする庶民らしさがリアル。

*宇佐美(小林薫
篤蔵が一生頭が上がらない偉大な師匠。とにかく渋くて、弟子があこがれるのがよくわかる。英国大使館のモダンな五百木にくらべると、どこか伝法なにおいがある。最終回もあえて過剰な老人くささを出さなかったキャスト、スタッフの判断は正しかったと思う。(比ゆ的な意味で)身を挺して陛下を守る弟子を見ながら、自分にとって天皇とは、を静かに語る演技に痺れた。

*粟野大使(郷ひろみ
この人も予想以上。ただの昔のアイドルの顔見せに終わらなかった。篤蔵を料理組合に入れるようハッタリきかせた演説をするシーンのカタルシス!

*大膳頭(浅野和之篠田三郎
浅野はひょうひょうとした大膳頭。篤蔵に大事なことを気づかせたり、旭川の師団長を動かしたり。でも終始涼しい顔なのがよかった。
篠田三郎は、『MOZU』のトンデモ親父役につづいて嬉しいサプライズ。あいかわらず美声だな。こういう見るからに人格者な役者に「料理人風情が」と言わせることで、厨房の面々の社会的地位がいっそう強調される。

*皇太后和久井映見
映画『春の雪』に出演時の高畑淳子がさばさば早口でしゃべりながらも皇族のムードを醸し出していたのに比べると、やんごとなさがちょぉっと足りない印象。

杉本哲太、美保純は安心できる父親役男優、母親役女優になった。森岡龍は『ロクヨン』と同じくらい少ない出番ながら、賢い弟役を好演。古式ゆかしい言葉遣いの宮前を演じた木場勝巳がドラマに重みを与えた。