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『64(ロクヨン)』第5回『指』

   D県
   58万世帯
   182万人

続いて公衆電話のアップ。

なぜ、人口だけでなく世帯数も出したのか、全話見終わってその重みがずしりと感じられる。そして公衆電話の意味も。

前回の台詞の「14年前の翔子ちゃん事件」を聞かせることで、視聴者にこれは14年間の物語なのだと念押しする。

そして
最終回 「指」
の文字に動く指のカット。

ショッピングモールに続いて、「左折したか、環状線に入ったか」と言う男のカット。ぎりぎりのヒントだ。

「従わなければ娘を殺す」。必死の形相の父親とお守りが同時に映る。
『子供が乗ってます』ステッカーを貼った車が動き出す。車の持ち主は、大切なものを台無しにしようとしている。

目崎かすみ補導の知らせが指揮車に入る。
「事件は終わっていない」
目崎の娘さえ無事なら万事解決と考える三上と違う、松岡の視点の高さ。
「これはホシにとってはじめての外道だからだ。いくところまで行く気だ」

東京23区とは違い、高いビルもなく空が広いD県。
パニック状態の三上を諭す松岡。
「この車は64の捜査指揮を執っている。14年前に言ったはずだ。昭和64年は終わっていない、かならずホシを引きずり戻すと」

目崎は64で雨宮が走った経路を知っていた!
「(ホシは)目崎をはめたんだ」
目崎は車を降り、土手のドラム缶へと向かう。
もはや誰が聞いても幸田とわかる声。「スーツケースから金を出して中に入れろ。早くやれ。質問している時間はないぞ」

ドラマ開始16分にして今回のホシが判明。追い詰められて札束に火をつける目崎。おそるべき言葉が書かれた紙片を手に取る。
――昭和64年の犯人はお前だ。娘は小さな棺に入っている。

衝撃映像にドン、ドン、チーのBGM(文字にするとマヌケな感じ)がかぶさる。
目崎の慟哭を聞いたのち、携帯を切る幸田。

妻からの電話で娘の無事を知った目崎は、メモを半分食べてしまう。
ここでようやく橋の上の見物人たちが映る。雨宮らしき男の背中もある。

ショッピングモールで補導されるかすみを見やる幸田の後ろ姿が映る。腕でぬぐうのは涙か汗か……。

64の雨宮に思いをはせる三上。公衆電話を眺め、橋の上を走る雨宮を想像する。
深夜帰宅した三上を、ひさしぶりにやや明るい表情の美那子が出迎える。
「ある男がいるか調べてほしいと言われた。すぐに雨宮さんだってわかった」
目をつむる雨宮のカット。無音が最高の効果音だ。
三上が捜査の説明をする。「発端は、お前がもたらした情報だ。無言電話だ」。松岡宅、村串宅への無言電話には意味があったのだ。捜査シーンには一つの無駄もなかったということか。美雲の実家にも無言電話があった。14年前は警察官の番号も電話帳に載せていたから。マツオカ、ミカミ、ミクモ、ムラクシ……10日前、目崎も無言電話を受けていた。雨宮はもう一度犯人の声を聞けば絶対にわかると自信を持っていた。ここで、14年たてば声質はちょっと変わるとか、一家に男が二人以上いたらどうなんだとか突っ込んではいけないのだな。
まだプッシュボタンの数字がくっきりとしている14年前の公衆電話が映る!
「犯人を捜すことが生きる希望だったんだろぅ。俺達警察が取り逃がした犯人の声を」
「私も、雨宮さんの無言を聞いたのね」。複雑な表情の妻。

回想の三上。「あゆみか……あゆみなんだな!」。はっとする雨宮。相手も娘の不在に苦しんでいることを知った男は、すぐには電話を切れない。
「雨宮さんは、俺の声と三上という名前を覚えていてくれたんだ」。このドラマについていける視聴者に、この説明台詞がどうしても必要とは思えない。

三上義信の名刺に触れる、雨宮の指のアップ。第2回でだらんと垂らした雨宮の手のカットが気になった。あれは、公衆電話のボタンを押しつづけていた指を映していたのだ。

「雨宮さん、じーっとこう、空を見上げてた。誰かに何か報告するみたいに、じーっと空を見上げてた」。これまた、段田の演技力とスタッフの映し方で、言われずともわかることだが、美那子の"任務の報告"としての価値はある。
「いいことは、あったのね」
「わからない、何がいいことなのかも」
二人でラーメンをすするさまに情感がある。
「あゆみはね、生きるために出て行ったんだと思うの。ありのままのあの子を受け入れてくれる人が、あゆみにとってほんとうに必要なのはね、あたしたちじゃない、他の誰かなのかもしれない」
子はかすがい、の時期もあったろうが、夫婦は子離れの段階に入らねばならない。「後悔しないでくれ」という台詞がいい。ハリウッド映画よろしく「愛してる」とかなんとか言い出したら、浮いてしまう。自分だけの暗闇から出てきて、初めて夫を心配する妻。
「あゆみに会いたい」
「言っちゃだめ。大丈夫、大丈夫だから」

14年前、外車セールスをしていた目崎は、暴力団とのトラブルで1600万の借金を抱えていた。一課長と広報官の会話から、D県警が前途多難であることがうかがわれる。同時に、本分を心得る男の潔さもにじみ出る。
「マスコミには何も言うなよ」
「わかってます。人間、言えることと言えないことがある。目崎が逮捕されれば、妻と娘は犯人の家族になる。だから実名は言えない……そういうことでしたか。参事官、雨宮さんと幸田は生きているでしょうか」
「生きてる。命がけでことを起こした人間は、結果を見るまで死んだりしない。目崎を落とせばかならず出頭してくる」
「たとえ64を上げても、捜査一課は祝福されません」
「幸田メモの中身か」
「そうです」
「気に病むな。俺たちは狩りのことだけ考えていればいい。楽だろ、デカは」
ここで流れるBGMが明るすぎるかもしれない。
「三上、また一緒にやるか」
「その時が来たら、お供させていただきます」

プッシュボタンの数字が擦り切れた公衆電話のアップ。
今回のベストショットである。

ついに、ゆるキャラの着ぐるみ登場! 一時は、棚に載せられたまま退場かと思っていた。

64事件の謎解きの次は、警察庁vs県警のまとめだった。
三上は二渡を騒動師と呼ぶ。刑事部長を守り、ついでに64の膿を出す……三上は挑発に乗せられ、二渡の目論見どおりにことは運んだ。
「犯罪が刑事部を救ったってことか。皮肉もいいところだな」
「ほんとうの皮肉はこれから始まるんだ。俺を広報室から移動させるな。参事官の会見に、広報官としてお供したいんだ」
ここで50分経過、まだ終わらないのか!

「目崎一家がどこにもいないんですよ。雨宮もいない」

三上は部下に刑事部の隠ぺいを話す。
「目崎逮捕を機に、マスコミとの関係は死ぬ。再構築の方法は各自で考えてもらいたい」
部下たちは順番に言うべきことを言う。ここはルーチンワーク的で、第2回終盤の美雲並の見せ場があればと若干惜しまれる。
諏訪の「秋川ちゃーん、広報ですよ」に続いて、
   原作 横山秀夫
   脚本 大森寿美男
   音楽 大友良英
のクレジット。ハードボイルドだな。

美那子はひさしぶりに庭の手入れをする。娘と一緒に植えたクリスマスローズが、芽をつけていた。
もっと花の仲間をふやすため、夫婦は苗を買いにいく。元捜査員だった望月も、新聞報道で64の顛末を知っていた。
寒そうだが晴れ渡った空。
無言電話を受ける美那子。
そして、64の犯人の自白を報じる新聞のアップ。

エンドクレジットの終わりに、制服姿の三上の写真。
充実した1時間だった。充実したのべ5時間だった!


とにかく、井上剛指揮の下、緻密な編集作業をなしとげた大庭弘之の仕事に圧倒された。情報量が多くとも、無理やり詰め込んだ印象を与えないバランス感覚がある。"64が終わらない14年間"の重みが、視聴者にものしかかってくる作りだった。
広報室の上司と部下、刑事部と広報室、警務部長と三上、広報室とマスコミ、警察庁長官と刑事部長、そしてなにより昭和の誘拐事件と平成の誘拐事件、幾重にもずれながら重なる対立の構図がすべて収まるところに収まった。ここまで重厚なムードで楽しませてくれれば、二、三、穴があっても腹は立たなかったかもしれないが、完璧なストーリー構成で、最後まで滑らずに見せてくれる社会派は久しぶりだ。『ハゲタカ』は演出がスタイリッシュなわりにストーリーに甘いところがあったので、今作に匹敵する作品は『クライマーズ・ハイ』までさかのぼる。『外事警察』は重低音のBGMや圧迫感のある演出に本作と似たにおいがあるものの、あれはあくまでエンタテインメントだ。
とにかく、浮つかずに組織内外の軋轢を描く井上Dの手腕に痺れた。

地味なおじさんだろうと一見頼りなげな若者だろうと、職務完遂から逃げない姿を映せば、視聴者は心を打たれるのだ。ドラマを見てかっこいいと思うかどうかは、キャストの顔面偏差値とは関係ない。
ピエール瀧の公式インタビューが興味深い。「ものごとには裏側で働く人たちの葛藤がある」「普段はちゃらんぽらんな、バラエティやラジオでいいかげんなことばかり言ってる奴が、5時間みっちり困り果てるわけです。そこは、“見てて痛快じゃないですか?”というのはありますね(笑)」

警務部長宅、三上宅、時が止まったような雨宮宅、警察をやめて気楽なんだろうなと思わせる村串宅など、登場人物がどんな生活を送っているか、なんとなく伝わってくる各家庭の内装が見事だ。潜水艦のように息苦しい指揮車のセットも忘れられない。

映画版と違ってミスキャストだから低視聴率とかいう、トンチキな記事をネットで見たが、キャスティングは隅々まですばらしい。47歳のピエール瀧を抜擢したスタッフは慧眼である。泣く演技は専業俳優ほどスムーズではないし、台詞につっかえるところもあったが、彼はまぎれもなく三上だった。映画主役の佐藤浩市は魅力的なスターではあるが――過去の演技パターンから類推するに――瀧以上に三上の人物像に厚みを与えられるとは思えない。
かならずしも役に恵まれない印象の段田安則だが、悲哀と執念の父親役は彼のベスト演技の一つだろう。尾美としのりはいつもながらいい役をもらっていい演技をしてくれた。
新井浩文は『クライマーズ・ハイ』ほどインパクトのある役ではなかったが、常識と出世欲と反骨精神がリアルに同居する若者を好演していた。山本美月はまた重厚な作品で新しい顔を見せてほしい。

現代ドラマにかぎれば、昨年の私的ベスト1が『55歳からのハローライフ』、今年はたぶん『ロクヨン』だ。両方脚色しているのが大森寿美男である。しばらく『精霊の守り人』で忙しそうだから、それが終わったらオリジナル脚本をぜひ!

最後に大きな疑問。制作統括の屋敷陽太郎は、本作や良作『島の先生』を作っているのに、フィルモグラフィーには『江』もある。プロデューサーの力がおよぶ範囲というのがよくわからない。