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『千年の愉楽』(監督:若松孝二)

TVでノーカット放送を視聴。R15+相当扱いだが、扇情的な描写は避けられている。

紀州が生んだ鬼才・中上健次の代表作『千年の愉楽』を、若松孝二が映画化。舞台となったのは、眼下に美しい尾鷲湾を見下ろし、背後には紀州の深い緑が連なり、斜面に建つ趣ある家々を縫って小さな路地が巡る、三重県尾鷲市の静かな集落、須賀利。昭和の薫りが色濃く漂うこの集落で若松孝二が描き上げたのは、匂い立つような命、不条理ゆえに美しい愛の賛歌である。(公式HPより)
このHPに極端なカラーを持った有名人の言葉を載せているのが残念だ。多くの人が彼らの名前から連想するようなプロパガンダ映画の対極にある作品なのに……。


年老いた産婆が回想するもの――それは、熊野の森に囲まれた集落で、高貴で汚れた血を持つ中本の男たちが繰り広げた物語である。空間的にはけっして広い舞台ではないのだが、時間的に神話的な大きさを感じさせる忘れがたい映画である。

まずは霧のかかった絶壁の岩窟が映り、お囃子が流れる。この映像と音のコラボだけで、TV画面を見ていることを忘れさせてくれた。この窟の頂上からかけ渡すお縄は、神と人をつなぎ、神の恵みを授けると言われている。
『うたかたのうつしよに』(唄・中村瑞希、三味線・ハシケン
#うたかたの うつしよに 
 路地に産声響かせて 増えつづけ 溢れだし
 ホトトギスよ いくたびでも うつりゆけ
 路地に産声 響かせて 増えつづけ#

字幕「花の窟(いわや)――
   イザナギノミコトの御陵。
   イザナミは、火の神・カグツチを産んだ時
   ホトを焼かれて死んだと謂う――」

産婆のオリュウノオバ(通称オバア)(寺島しのぶ)をミツ(原田麻由)が呼びに走る。孕んだ女トミ(増田恵美)は、産む前から中本の血の不吉さを恐れている。

人目を避けて浮島の小屋にいる血まみれの彦之助(井浦新)。いまわの際の崇徳院を演じた時なみに怖い。オバアの亭主にして坊主の礼如(佐野史郎)がかたわらに立つ。
彦之助「女に腹を刺された。おおいなる声を聞いた。『中本の遠い先祖の罪背負いて人知れず浮島の森で時を待て』。一人、罪を受けるのよ。あんたに気づかれてしもうたがの。(男はトミを孕ませた)子の顔は見たくない。親父が首吊ったんも、伯父貴の目が見えんようになったんも、全部この血がそうさせたんじゃ。淀んでおるのよ」
礼如「世の者におとしめられたこの路地で、中本はもっとも高貴な一党じゃ。いったい何の罪がある?」
彦之助「俺らはの、浄らな一党を作るため、遠い昔に打ち負かされて、穢れを背負わされたんじゃ」
礼如「高貴で汚れた一党か」
彦之助「この身を捧げる時がきた。さあ行ってくれ。早う行かんかい、早う!」
拝んで立ち去る礼如。
短いシーンだが、死に臨んだ彦之助はこのあと登場する中本の男達について、予言者の役割を果たしている。

死と生の転換。
オバアは生まれくる赤子を励ます。「お前が何を背負っていようと、私がこの世に取り上げちゃる。なんも恐ろしいことはない。さあ、こっちじゃ。おいで!」
産声が上がる。産湯につかる赤子。血まみれの衣服が残された小屋が映る。彦之助の姿はない。
赤子の顔を「仏様のようじゃ」と言うオリュウ

礼如夫妻の子、エイジの写真のアップ。
布団の中のオバア「ホトトギス、よもつ国から飛んできたか」
近所の女二人が、世話をしにやってくる。雨戸をあけ、着替えをさせる。
オバアは布団の中で語りつづける。「今日は中本半蔵の生まれた日じゃ。男親、鹿之助の命日じゃ。のお、経をあげてくれんか」
遺影のアップ。礼如の声「産婆と坊主が夫婦でおるんじゃ。ホトトギスも追ってくるわい」
オバア「半蔵は根っから中本の男じゃった。トミは半蔵が五つの時に、男を追って姿を消した。あんたぁ、読み書きできてなあんでも書きつけとくくせに、端から全部忘れていくのぉ」
礼如「お前の物覚えがよすぎるんじゃな」
オバア「読み書きできん者はのお、覚えんかったらなかったことになってしまう。この手ぇに親より先に抱いた子じゃえ、忘れるわけにはいかんわ。半蔵は遠い親戚やら知り合いやら、あっちこっちの家で暮らしてどうにか大きくなれたんじゃ」

ここで登場する半蔵(高良健吾)の、みずみずしくどこか危うい男っぷり。オバアの家にやってきたのは、数年ぶりで、しかも女づれ。今はツバメになっているのか?

土砂降り。暗い尾鷲湾。

溝の流れで洗濯する女たち。ミツが半蔵の女たらしぶりを噂する。

半蔵「オレ、今度大阪に行かされることになった。メッキ工場じゃ。しくじってよぉ。カネとええことしとったのを久吉に気づかれてしまったんじゃ。女の方から寄ってくるんじゃ……してみりゃ、気持ちええしの」
オバア「ええんじゃよ、そのままで。生まれてきて生きてあるだけでありがたい。そう思って仏さんに手合しとる。オバアはずっとここにおるさかい、いつでも戻ってこいよ」
坂道を駆け下りる半蔵の後ろ姿には、不吉なものがある。

礼如の声「産婆と坊主にできるんは、ただ見守ることだけじゃ」
海の色が微妙に変化する。

派手なマントと帽子をまとった半蔵が帰ってくる。身ごもったユキノ(石橋杏奈)を連れている。
「こいつに中本のことを話してくれ」。オバアにユキノを託して歩み去る半蔵。通りを歩けば、女が振り返る。「日暮れまで待っとれ」

山で下草刈りに従事する半蔵。
オバアは、貧しくて医者に診てもらう金もなく、二歳で我が子を死なせてしまった過去を振り返り、また人が誕生するありがたさを思う。
「人一人この世に生まれるんだもの、身を砕かれるようだら。そやけど、おぎゃーという声を聞いたら、ありがたさと嬉しさでいっぱいになって、そんなことは一気に吹っ飛ぶ」

女二人を連れ歩く半蔵。
三年前に夫を亡くした後家(安部智凛)に言い寄られる半蔵。
霧のかかった窟。
産声。半蔵は、我が子の誕生に怯えて逃げ出し、年増後家のところにしけこむ。路地で「半蔵は後家の飼い犬じゃ」と陰口を叩かれる。

半蔵は、山であやまって朝は切ってはならない榊を切ってしまう。仲間が枝に酒をかけて「お許しください」と祈るものの、半蔵は轟然と立つのみ。
報いを受けたのは半蔵ではなく仲間だった。半蔵は、医者代を当てにして後家を訪れる。後家は治療代をくれる。すでに引きずり込まれていた男も合わせ、三人でまぐわう。虚無と嫌悪に襲われる半蔵。

その後、半蔵は質屋の女房に手を出したばかりに質屋に包丁で刺し殺される。
鎮魂歌のようにお囃子が流れる。産声が聞こえる。
路上での半蔵の死を見届けるオバア。「中本の血じゃ」
オバアは、半蔵からもらったインコを解き放つ。
やじ馬には三好(高岡蒼佑)もいる。「中本の男の、これが最後の姿かい」


オバアのモノローグ「三好はタツが首吊るすこし前に、田口マサエが産んだ子じゃった。三好がこの世に生まれてきたんは、風が強ーい晩じゃった。(産声)生まれた時からきかん気の子じゃった。よお泣いて、何かにあらがうようになぁ。マサエは三好を田口の実家で育てたんじゃが、十五ん時に家を出て、朋輩の家に泊まり歩いて……」
礼如「悪たれどもとつるんで、悪さばかりしとった」

倉庫からくすねた缶詰を持ってオバアのところへやってくる三好。海に出たくても、路地生まれゆえに漁師仲間に入れてもらえないのが悔しい。ビリヤードに興じ、ヒロポンを打つ毎日。たいていのことは無言で見守るオバアも、ヒロポンだけは「あかんよ」と咎める。
三好は焦れる。「たしかにこの世に生きてある。そう思えるのは、盗みしとる時かヒロポン打っとる時だけじゃ。しみったれて生きるんは、俺はがまんできんわい」
三好は盗賊の元締め、桑原(水上竜士)に目をつけられ、名士の家に盗みに入る。桑原から酒場の女郎(片山瞳)をあてがわれ、おぼれていく。
夕焼けの山。
朝焼けの山。
桑原から三好への連絡が途絶える。近隣の金持が殺される――桑原一派の仕業なのか。
三好はたびたび咳き込むようになる。ビリヤードをすれば目がかすむ。幻聴が始まる。
オバアから男っぷりが上がったと褒められる三好。
三好「二十二になった。このごろはヒロポン打っとらん。そのかわり龍の入れ墨を入れた」
オバア「これはおまんのお守りじゃ」
三好「何から俺を守ってくれる?」
オバアは答えられない。
三好「俺は半蔵のようにはならんじゃ。中本の血なんぞ屁のカッパじゃ」
オバアは無事を祈ることしかできない。

我が子の命日に経をあげる礼如のもとへ、三好がやってくる。
「朝から辛気臭いのう。盗人もできんし、ヒロポンもつまらんし、飯場に行こうかと思うとるんじゃ」
オバア「オバアはずっとここにおる。いつでも顔見せにこいよ」

夕餉の席で、オバアは三好を心配する。「三好は飯場に着いたんじゃろか? 哀れやねぇ、男ぶりが上がるのも、血ぃになぶられてのことじゃもの」。我が子の写真に話しかける。「お前が死んでから、父さんは坊主、母さんは産婆になったんじゃ。仏の道ひと筋じゃ」

飯場に向かう途中で、「これが遊びおさめ」と亭主持ちの芳子(月船さらら)に関わる三好。
波止場に立つ三好の目がかすむ。

盗みの現場を目撃した芳子の亭主ともみ合ううち、包丁で亭主を刺してしまった三好は、芳子とともにオバアのもとに駆け込む。
「寝物語に盗人しとるのが一等好きじゃと言うたら……亭主のいる晩に入る方がおもしろかろう思うたんじゃが」
一晩だけ泊めてやると言うオバア。

朝の窟。
三好「昨夜はすまんかったの。女は家に帰したさか。さて(ふらつく)。時々、目がかすむんじゃ。先祖の祟りがきたかいね。俺は今度こそ飯場に行くわ(オバアに抱きつく)なんであの時、あの女を追いかけてしもうたんじゃろ? 俺はこの体から火ぃ噴くように燃え上がるように生きたかったんじゃ。それだけだったんじゃ」
オバア「生きとるわい。(背中をさする)オバアはよう知ったる。お前は生まれた時から、ずっと火を噴くように生きとった」

飯場に行った三好は、目がかすんだためにハンマーで左の指を潰してしまい、達男により故郷に連れ戻される。
翌朝、三好は港で首を吊った。


人のいない路地。
オバア「三好もまた、おのれらの汚れをおのれらで清めるように命を落とした」
礼如の声「高貴で汚れた血を継いだ中本の男じゃよ」
オバア「三好の死にざまを見とった達男もそういう子じゃった。まっすぐなええ子でな……私のためになんーでも引き受けてくれたわ」
礼如の声「なんでもか」意味深である。
オバア「男親は半蔵の父親、彦之助の弟、トミシゲ。女親はウメ。あの子がこの世に生まれてきたんは、煌々と月の輝く夜じゃった」

産声。青い月夜。
オバア「達男もまた親より先にこの手に抱いた」
礼如の声「親より先に抱いたその子を、お前はどした?……わしはみんな知っとるんじゃ(笑み)」
狸寝入りするオバア。

礼如が天満の通夜に呼ばれて留守の日、オバアは達男(染谷将太)に裏山の枯れ木を薪にしてくれと頼む。
上半身裸で斧をふるう達男。白い背に汗が光る。
オバア「生まれて、死んで、生まれて、死んで、生まれて、死んで。(達男の背にすがりつく)よう、この世に生まれてきてくれた。仏さんじゃー、仏さんじゃ」
オバアを押し倒す達男。「いけない、いけない」と言いながら若い達男とまぐわうオバア。

布団の中のオバア「三好……半蔵……達男が路地から旅立ったんは、あれからすぐのことじゃ。北海道の炭鉱に働きに出て、それっきり。暴動を起こそうとして殴り殺されたと聞いたある。生まれて、死んで、生まれて、死んで」
手伝いの女が粥を運んでくると、オバアはこときれていた。
えんえん流れていた『うたかたのうつしよに』も、ここで終わる。

オバアの声「路地のどこかで女が孕み、女の身を裂きながらやがてこの世に子が生まれる。たとえ何が起ころうと、どんなことが待ち受けようと、命は湧いて溢れるように、子はこの世に生まれくる」
産声。
冒頭と同じく花の窟が映る。

エンドクレジットにかぶせて『バンバイ』(唄・中村瑞希、三味線・ハシケン)が流れる。
#明治の御代を迎えてよ 四民平等の声聞いて
万歳という字を知らず 意味もわからぬものながら
バンバイ バンバイ と叫んだが 礫打たれて火を放たれて
槍で突かれて捨てられた

猿のごとく狩られても 女は孕み子が生まれ
路地から人が溢れだす 父なしだろが 阿呆だろが
あの世よりはこの現世へ 滅びるよりは産んで増やせよ
子を産むことこそ バンバイよ
バンバイ バンバイ と叫んだが 礫打たれて火を放たれて
槍で突かれて捨てられた#


板垣退助の百円札らしきものが高額紙幣扱いで映ったので、時代設定は1950年代ということか。オバアの家に電燈はついているが、家電製品の気配はない。女たちは何度も仕立て直したような古びた着物を着ている。
主要登場人物で、満足に読み書きができそうなのは礼如のみ。ほかの面々は男も女も身体性の強い仕事をなりわいにしている。彼らは時として仏を拝むことはあっても、法律は歯牙にもかけない。
久々に日本的な土俗の世界に浸れる映画だった。

中本の男を演じるのが、井浦新高良健吾高岡蒼佑染谷将太。おのれの血をおそれながら、熱に浮かされたように生き、女たちに圧倒的な愉楽を与え、非業の死を遂げる美しき男を描くのに、これ以上はないキャスティングである。染谷だけは「まっすぐなええ子」と称される役なので、あえて破壊衝動を感じさせない役作りだったのか? ともあれ、ほかの三人と合わせてこれからの邦画界を背負って立つ集団に属することにかわりはない。
あくまで彼らの生を肯定するオリュウ寺島しのぶ、なかば諦念をもって死をとむらいつづける礼如が佐野史郎。夫婦役のおもだちもまた、生き様同様中本側とは対照的である。
ほかの役者も皆はまり役。石橋杏奈は僻地で生きる美女役が似合う。ひさびさに地曳豪の顔を見、よい声を聞けたのも嬉しい。
小林良二によるキャスティングはことごとく嵌ってすばらしい。監督の演技指導もあるとはいえ、今の日本にこれだけ土の匂いを醸し出せる役者がいることが喜ばしい。

撮影は辻智彦、満岩勇咲。照明は大久保礼司。尾鷲湾の色は場面場面で微妙にことなり、夜の場面は徹底的に暗い。全体に渋めの色調で、たびたび流れる血の赤以外には暖色が印象に残らない

題字は先日亡くなった船戸与一による。

中上健次による原作は未読なので、どこまでが脚本担当、井出真理の功績と言い切っていいのかわからない。まったく無駄のない、切れば血の出るような台詞ばかりだった。

本作は若松孝二の遺作となった。儚く熱い人の生きざまをもっと描いてほしかったのに、残念である。