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『神谷玄次郎捕物控2』第三回『消えた女』

前回は"静"だったから、今回は"動"と予測したが、贅沢にさらっと演出した流れ星追っかけシーンとか材木置き場の大立ち回りとか、たしかにダイナミックな場面もあれど、ひと言で静とか動とか分類できない作りだった。
窃盗事件につきまとう不穏な空気、お津世の料理がらみのコント、弥助の女房の消息、作事奉行と高麗屋の関係の暴露、あわれなおようの末路。45分間にこれだけの要素を詰め込んでいながらせわしなさをまったく感じさせない本木演出がすばらしい。

地面がぬかるんだ材木置き場での立ち回りは、この作品では初めての上下移動で魅せる。「すっこんでろ、三一(さんぴん)!」、「しゃらくせえや!」。いやー、スカッとするねえ。娯楽時代劇ってのはこうでなくちゃ。まずは十手で戦って、とちゅうから刀を抜く。殺陣指導、役者の技量ともこのレベルのものを"まだ"拝める幸せを感じる。高橋氏の殺陣は、華麗さでは往年のスターたちに引けを取るかもしれないが、しっかり腰の入った動きと重量感では真田広之に迫るものがある。二人の対決シーンは夢のまた夢なのだろうか……。
わけありの流れ星が柄に合っているのが、BS時代劇でちょくちょく顔を見る忍成修吾高橋光臣との会話のシーンには、二人とも世間を知って十年にはなる男たちとして恥ずかしくないたたずまいがある。民放だと30代の男優が妙に幼稚な芝居をさせられてしまう。かっこいいだけでなく、年相応の落ち着きのある男を見ようと思ったらBS時代劇と一部NHKドラマにすがるしかないのか(溜息)。

悪女おうの役の宮本裕子には、なんともあだな魅力がある。

おようの臨終から、弥助の家を辞した玄次郎、お津世のストップモーションまで、タイミングから何から完璧である。能がない演出家だと、枕辺の四人におんなじようにびーびー泣かせたりするものだが、本木演出は同じ涙を流すにしても、娘の不幸を悲しむ父親、惚れた女に最後までつきあうと思い直した夫、雇人に思いやりを持つ女将、と三者三様に描き分けている。三人とちがって同心の表情は悲嘆一辺倒ではない。悪党への怒りやら早くに悪事を暴いて女を見つけられなかった無念やら、一般人とはちがう法執行者の精神的な強さを見せている。

二週連続、やるせない余韻の残る作りだ。昨年のパート1の出来があまりによかったので、それを超えるのは無理かと思われたが、人間ドラマとしての深みはすでにパート2が上回っていると感じる。