読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

『オリエント急行殺人事件』

クリスティ&三谷&ルメット版映画ファンとしては、二夜連続楽しい思いをさせてもらった。
第一夜は原作をなぞるとのことだったので、こちらは言葉遊び探しをメインに鑑賞。
宮本武蔵は遅れてくるから、乗客「宮本」はたぶん遅れる
*執事が読むのが『愛のとりこ』→『痴人の愛
*被害者が話せないはずのフランス語の悲鳴→東北弁が抜けないはずの被害者の博多弁の悲鳴
*馬場→高田馬場→高田先生
*HeleneのHを消す→「浪子」のさんずいを消す
もう一回見たらもっと見つかるかもしれない。

冒頭、野外シーンの色調、奥行きともいかにも軽くていやな予感がしたが、舞台を列車内に移してからは由緒正しいレトロな世界にひたることができた。実物を知らない身でも「ちょっと広すぎるだろ」と思ってしまう車内セット。それでも、深みと温かみのある内装が重厚な雰囲気を醸し出す。あの背景があってこそ、大時代な勝呂が存在できるのだ。照明器具の下の短冊のようなユニークな飾りは、アップで見たかった。原作を翻案するなら、歴然とした階級差があったという点でも、軍人に居場所があったという点でも、現代よりはるかに日本が欧米並みだった昭和初期を舞台にするしかない。

第二夜の中盤あたりから、「三谷版忠臣蔵を見たい」という思いがつのる一方である。初めに熱く仇討ちを語っていた人間の気力がくじけたり、上役の気まぐれに下っ端が振り回されたり、もっとも気弱な人間がとつぜん物騒なことを言い出したり、気まぐれな人間が綿密なスケジュールを狂わせたり……いずれも、忠臣蔵のオファーがあれば三谷がやりたいことなのではないか。「いまどき敵討ちですかい?」とメタな茶々を入れつつ、脳内ゲームに熱中するお嬢さん奥さんをコミカルに描き、終始悲しみから逃れられない三木を重しのように配置することで、"発端は悲劇だった"物語のバランスを取っていたと思う。住友紀人の軽快な音楽も、糠味噌くさくならないクリスティ&三谷ワールドを体現していた。

二夜目でひっかかったのはガーデンパーティー。いくら「家族同然に接していただいた」といっても、運転手やコックが雇い主のお誕生会に同席するか?! 脚本家の指定なのか演出家の意向なのか気になるところだ。「乾杯」の発声が石丸なのか玉木なのか判別できず。
羽鳥夫人が勝呂に「かわいいでしょー?」と見せた写真は、結局赤の他人のもの? まさかもう一人娘がいるわけでは……。
山ちゃん演じるパインのその後が気になる。彼の襲撃シーンが唯一、上流婦人のたくらみの暴力性とはた迷惑を象徴していた。
浪子の家庭教師だった人が姪も担当する(これは原作通りだが)のと、大佐の母上でなく奥様の母上があたりまえのように「大奥様」として君臨しているのに若干違和感を持った。剛力大佐は入り婿ではあるまいに。とちゅうから、能登大佐以外は剛力大佐の存在をほっぽらかしていた感じなのがなんともお気の毒であった。


BBCドラマの『オリエント』は辛気臭くておもしろくなかったので、脳内『オリエント』はまずルメットの映画だ。あの豪華キャストにくらべると、スターの華を感じさせたのは予想どおり草笛光子富司純子のみ。「いい人」や「常識」を売り物にするのがトレンドになってしまった現在、もうあのような雲の上的なスターは出てこなさそうなのが残念だ。上品な言葉遣いがさまになるのも、エレガントなコメディセンスを感じさせるのも、あのお二人だけだった。
野村萬斎の演技は賛否両論のようだが、自分としては「あり」。食道楽、着道楽でうぬぼれやで万事大仰なポアロのイメージそのものだ。狂言に命かけてる役者にとって映像は趣味のようなものらしいが、そういう立ち位置の人ならではの「遊び」も感じられた。
笹野高史高橋克実は、二人合わせてやっとワトソンみたいな愉快なコンビ。偉い人が取り調べを受けに来るたびに、ちゃんとかしこまった芝居をしていて○。

かなり心配だった吉瀬美智子も楽しみにしていた黒木華も、ろくにしゃべる間もなく退場してしまった。奥様の臨終場面をくどくど描いたりしないのは三谷らしくてよい。石丸幹二は誇り高い悲劇の軍人がはまっていた。

常連の小林隆の出番が少なすぎて泣ける。一番の見せ場は、「そんなことがわからないお前さんじゃないだろう」と秘書を諭す場面だった。

三谷常連以外は、いわゆる連ドラに強いタレントから選ばざるを得ないのはわかるのだが、家庭教師は知的クールビューティー吉田羊で見たかった! 吉田嬢なら原作の「どのみち人は毎日死んでますもの」みたいな台詞もしれっと言えただろうに。
セクシー音頭を踊らない沢村一樹のかっこよさはなんぞ! 三谷が胆がすわった男の台詞を書ける人で良かった。表情をあまり変えず、無駄にどなったりせず声のトーンを抑え目な芝居も説得力抜群。横柄に「勝呂」と呼び捨てにする場面もいい。ショーン・コネリーとは別種の、日本男児の魅力満載であった。「12」に固執する滑稽さや、いざとなりゃ小男の探偵なんざ手にかけてもいいと思っていそうなところは三谷オリジナル。
一緒に見ていた家人が「二宮と池松がごっちゃになる」と文句たれていた。よりおでこの広いほうが池松君だ。MOZUなら藤堂の一人や二人あっさりヤれそうだが、善良な人々を巻き添えにするのも平気だし、列車をバラバラにしそうだしなぁ。そしてヘリコプターでチャオが来る……。二宮君は、奥様への一途なあこがれの域を超えてしまったあぶない青年を好演していた。三谷としては、アンソニー・パーキンスからインスピレーションを受けての造形だと思われる。
映画では、内面から高貴さがにじみ出ていたマイケル・ヨークと、文字通り絶世の美女だったジャクリーン・ビセットのコンビに惚れ惚れしたものだが……第一夜は杏が「~ですわ」「~ですの?」を言うたび、学芸会かよ!と頭を抱えてしまった。第二夜のケロッとした個性は少々魅力的ではある。赤い特攻服ガウンを着て列車の廊下をモデル歩きする場面も、彼女ならでは。それにしても三次元の人間と思えない頭身だ。『ポパイ』のオリーブの実写化なら彼女しかなさそう。極私的に、脳内浪子夫人は早見あかり比嘉愛未
杏の旦那役が玉木宏。『平清盛』では一流半の暴力団幹部みたいな粗野な義朝を演じて圧巻だったのに比べると、いまいち腹に力が入っていないような芝居だったが、それでも二年半ぶりに“役者の顔”になっていた印象だ。(状況的には滑稽な台詞ではあるが)「無礼ではないか」が噴飯ものにならないのは、実力の証か。

八木亜希子は大健闘。バーグマンのアカデミー受賞で有名な役だが、あれは大スターが(当時ならふつうはやらない)おどおどキャラを演じた意外性で受賞しただけである。八木さんはホントに女優に転向すべきではないか。
一番予想を超えて良かったのが青木さやか。出るべきところと控えるべきところをわきまえていて、評価アップだ。体が丈夫で実直で頭がちょっと単純な愛すべき使用人だった。大きな熊みたいな保土田を飼い慣らしているのも愉快。
ともすると、寡黙で怜悧で重厚な役に偏りがちな藤本隆宏が、おしゃべりで思慮の浅い保土田役で役幅を広げた。彼の出番がたっぷりあったのが嬉しい。藤堂が「勝呂」を「杉野」と聞き違えるくだりに、広瀬中佐にも「杉野」と言わせたいなどと思ってしまったが、そういう軽薄なギャグは歴史マニアの三谷だからこそやらないか。
無責任にいろいろ思いつく上流の面々や、近視眼的な行動をとりがちな使用人たちや、ゲームに熱中しているかのような家庭教師&大佐コンビと対照的に、三木武一は一時も狂わず、つねに責任感とまっとうな感情の持ち主である。西田敏行の人情味のある芝居には、とりわけ刺殺シーンで胸打たれた。

三谷さん、忠臣蔵のオファーがないならまた古典ミステリの翻案書いてよと思ったが、大事な『真田丸』が控えている。長年耐えに耐えてきた大河ファンが快哉を叫べる日まで、残すところあと三百五十日くらい!?