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『闇の狩人』

時代劇専門チャンネルで、前編、後編、一挙リピート放送!
 10月18日午後4時~
 11月3日午後8時~

謎解きに関するネタバレはなし。

下半期のほぼ唯一と言っていい楽しみが終わってしまった。

放送時間が半分だったために、余分なものはかけらもなかった印象の『鬼平外伝 老盗流転』に比べると、研ぎ澄まされ方で若干見劣りするものの、丁寧な絵作り、丁寧な音作りを味わうためだけでも、一見の価値がある作品である。フィルム撮影ならではの、水面のなめらかな美しさ、登場人物があばら家に歩み寄る、そう広くはない部屋を移動する、それだけの画面に奥行きがある。暗闇が渋い黒のフレームのように四隅を囲う画面に、行燈の明かりがぼうっと浮かび上がる。小刀は薄闇に鋭く光る。坊主の湯や大覚寺のロケに爽快感がある。

大道具小道具はたぶん大河並みに凝っている。宿に吊るされたわらじの束。瀟洒で涼しげな夏の掛け軸。夏用の座布団が生成りと薄茶色の小粋なツートーン。つつましやかな帆掛け船のCG。
場面転換に東海道五十三次の版画(凹凸がくっきりしているタイプ)がうまく使われている。
必要ではなくとも物売りの声を入れて、町の雰囲気を出す。葉擦れの音や、水滴が桶に落ちる音で、盗賊の心理の変化を説明する。主人公が重要な決心をする瞬間、BGMがボリュームアップするのではなく、無音になる。遠藤浩二のBGMはどれもいいが、抒情もハードボイルドなムードも醸し出すバンドネオンの使い方に痺れる。

夜間、橋の下で語り合う二人の男。小ぬか雨というのか、濃霧のつもりなのか、水蒸気のカーテンが揺れているような、たいへん印象深い場面だった。このまましかけを続けていれば、取り返しがつかなくなるという弥平次の言葉に続き、穴の開いた小舟が沈んでいくさまが映り、ぞくぞくさせられる。
ほかに忘れがたい絵は、夜の船着き場の小屋、役者の顔の半分だけ光が当たる場面、闇に溶けてゆく男の後ろ姿。『老盗流転』でも堪能したついたてや簾ごしに人物を映す手法。

池波正太郎の原作は未読なので、原作の生かし方がうまいだけなのか、金子成人のオリジナリティが生きているのかは判断できないが、この枠の常で、見事な脚本だ。台詞がくどい個所は一つもない。闇の世界に生きる男の女房が、むだに上品な口をきかないのがいい。地上波だと、女が「おれ」とか「おめえ」とか言ったら、クレームがついたりするのかな。「ここっていうときに、我が張れねえ」、「腹に収める」、「人徳ってのはな、金を集める力だよ」。池波ワールドの言葉づかいはいつ聞いてもいいなぁ。「人の心はちょいとしたことで変わる。変わらないのは、死ぬことだけさ。それさえ忘れなければ、身の始末をつけられる」。
「そんときゃあ、よろしくな」をさらりと言わせ、あとでしっかり回収させる手際のよさ。西方浄土を「西のほう」「っていうのも気が利いている。
能村太郎というナレーターも落ち着いていてよかった。松竹時代劇にかかせない能村庸一(今回も監修担当)のお身内……ではなく、ネット情報によれば、ナレーターをやるときの氏の別名だった。

竹内士朗による題字に力があり、盗賊ものだが端正さをあわせ持つ池波作品に合っている。

お天道様の下を胸を張って歩けない男たちが、記憶を失った若い男に情けをかける。その理由が、そろばんづくであったり、無垢な姿に光を見たからであったり、と一様でない。

雲津の弥平次役は中村梅雀。女房にとがめられる優柔不断ぶりやら、物柔らかな一見ふつうの町民の風情がお得意なのはもちろん、ようやく二代目を託された男の意地を見せる場面まで、硬軟自在。どんな役者の芝居も受けられる人だが、鶴田忍石橋蓮司とのかけあいが最高に息が合っている。
五名の清右衛門が津川雅彦。自分のかたよった視聴経験のなかでは、今回の芝居が一番いい。容易に腹の底を覗かせない男の複雑な怖さを、含みのある芝居で存分に見せてくれた。大物の目を見た小物たちがたじろぐ演出は、たいていの場合しらじらしさが漂うものだが、今回の香具師の元締めの薄気味悪さは説得力十分。老齢なのに発声もまだ危なげない。まだまだ活躍を楽しめそうだ。大ワルがワルを騙そうとして……その後の顛末がハードボイルドで痺れた。
記憶をなくした若侍を演じるのが福士誠治。あの世代では、かなり時代劇慣れしている部類に入る。寄る辺ない青年を好演していた。欲を言えば、もうちょい歩く時の重心が下がるとよいのだが。NHKはそろそろ彼主演の時代劇を制作すべき。
弥平次の女房役が風吹ジュン。『風林火山』、『八重の桜』、本作と時代劇演技を見てきたが、三歩進んで一歩下がってしまった感じが少々残念。
女優陣ではむろん波野久里子がダントツでうまい。久しぶりに見るとずいぶん体格がよくなって(??)、写楽の大首絵さながらである。清右衛門を「悪相になったねえ」とののしるだけの観察眼を持ち、しかし亭主のためにしっかり筋を通す凄い女房だった。
政七役の石橋蓮司は、盗賊から足を洗って穏やかに暮らしているようでいて、心の奥底に匕首をのんでいる凄みを醸し出して魅力十分。
本田博太郎は、インタで言ってたほど、いつもと芝居が違わなかったぞ。
せっかく山口馬木也を使いながら、チャンバラをやらせないのが贅沢というか、もったいないというか……。
小林綾子もよかった。予想と違う役柄だったと思った視聴者はどれだけいるかな。
谷村美月は悪くないが、そろそろ江戸の小粋な女や擦れた女もやってほしい。
鷲尾功が、弥平次の腕利きの手下、倉沢の与平を好演。こういう人がいるからこそ、ドラマにふくらみが出る。
おちか役の女優の声がちょっとうるさい印象。

石原興は『老盗流転』では外連を抑えたと言っていたが、今回の目標はなんだったのだろう。非情な世界と若さや無垢がきわだつ世界の混ざり方がおもしろかった。極私的には全員自分の悪さを自覚している大人だらけのほうが好みなので、しいて言えば『老盗』のほうが好きだし、石原のタッチに合っていたと思う。


現在、能村庸一の『実録テレビ時代劇史』を読んでいる。春日太一のベストセラーは、勉強になる部分が二割、納得できる部分が五割、それはちがうだろーと思うところが三割くらいだったが、『実録』はいまのところ、なるほどと思うことばかり。時代劇とほかの番組との関わりもよくわかっておもしろい。