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『おやじの背中』雑感

毎回脚本家を変える意欲作が終了した。極私的には、一に第五話『ドブコ』(木皿泉)、二に第八話『駄菓子』(池端俊策)、三、四がなくて五に第十話『北別府さん、どうぞ』(三谷幸喜)。木皿の軽快さが心地よく、池端の男の夢追い物語は、甘さと辛さの塩梅が絶妙だった。三谷は、小さな嘘がきっかけのもどかしいてんやわんやを描くのがうまい人だが、今回のお医者さんごっこはかなり苦しく、ギリギリセーフといったところ。”ヴィオラの彼”がドラマで主役をやるなんて、最初で最後かもしれない。売れない役者の五分の魂物語を演ずるのだから、市村正親のような大スターより小林隆のほうがずっといい。元妻役の吉田羊がなんとも美しく颯爽としていた。黒いパンツとベージュのジャケットの似合いっぷり!

岡田の「腫物のような繭の世界」の描き方も、山田の会話のテンポも生理的に苦手。第三話『なごり雪』(倉本聰)は「おやじ」じゃなくて「おじいちゃん」のわがままみたいな話だったが、いまはお母さんの言い分ばかり通るご時世だから、たまにはこういうのもしかたないかと思っていたら、第九話『父さん、母になる!?』(井上由美子)で主人公がテンプレの主婦に媚びる台詞を言っていて、またかと思わされた。なんでドラマに出てくる主婦は本だしもクックドゥも常備してないのかなー。ただ、内野聖陽が数年ぶりにオーバーにならない芝居を思い出してくれたのはもっけの幸い。

アメリカのホームドラマ華やかなりしころ、あちらでは母のない家庭で、理性的でタフな父親が子供たちを教え導くたぐいの話が流行っていた。日本の父物語というと情けない男が基本になっているのは、民族性の違いなのか、なんだかんだ言いながら、作り手が主婦視聴者の目線に合わせる習慣があるからなのか……。