『ロング・グッドバイ』最終回『早過ぎる』

主演 堀切園健太郎
のドラマが終わった。後半は不快感しかなかった『負けて、勝つ』にくらべればはるかに楽しめたものの、最後の5分にねじ込んできた原子力批判、五輪批判がNHKらしくじつに小賢しい。ハードボイルド色が強めだった初回のあとは、猟奇趣味もやってみたい、純愛ものもやってみたい、と演出家がやりたいこと全部やってみました的な展開を感じた。頭がおかしい美女のメロドラマに尺を取りすぎたために、焦点がぼやけてしまった。ハードボイルドとしての品質なら、冷徹な公安の論理を描き切った『外事警察』のほうが上だ。照明に凝って陰影つけたり場面によって色彩のトーンを変えたり、淫しているというレベルの絵作りは堪能させてもらった。

亜以子がパンパンだったという設定にするなら、いっそ松本清張の作品でも使った方がよかったのではないか。

文句なしにかっこよかったのは大友良英のBGMと、オープニングのタイトル文字や絵作り。4話までオープニングに使っていたものを、最終回だけエンディングテーマとして使ったのは洒落ている。
全体に衣装を黒と白に分けて、登場人物の色分けや心情の変化の記号にしているのがおもしろかった。亜以子の衣装がずいぶん贅沢で、あれを着こなせるのも小雪じゃなかったらむずかしかったか。
古田新太が、なんとも似合わないリボンのついたシャツブラウス(名称がわからない!)を着せられていた。あれは、亜以子がせめて夫の服装だけでも保と同じにしたくて買ってきたという設定なのか。まー、古田氏が楽屋で愛用しているとかいうダボシャツ着てたら、ちがうジャンルの話になってしまうしな。

演出家の自己主張が前面に出過ぎていて、渡辺あや脚本がいいのか悪いのか判断しにくい。雑誌対談などでご本人が語るほど、大人のいい男を描けていなかったと思う。前回か前々回、原田平蔵が説く小市民的幸福を、増沢が言下に否定する場面があったが、増沢に圧倒的な魅力がないので、あまり説得力がない。増沢は結果的に誰も幸福にしていないのだから、せめて痺れるような後姿の持ち主であってほしかった。極私的には、ヒーローのタフネス全開の作りを期待していたので、少々残念である。「愚痴るなよ、男だろ」なんて台詞はもっと印象に残るべきなのだが。脱線するが、こういうやせ我慢のすすめは、本来大河で語られるべき台詞なのに、近頃は「辛かったら私に話しなさい」とか「泣きたい時は泣きなさい」とか保健室のスクールカウンセラーみたいな人ばかり出てきて食傷気味だ。

つくづく、キャスティングは芝居の上手い下手よりも、俳優の柄を優先して選べばいいのだと思う。主要演技陣の芝居のレベルが高かったとは言いがたいにもかかわらず、各人の持つ雰囲気が作品に合っていたから、はなはだしい違和感を覚えずに見続けることができた。
最終回はエンケンがかっこよかった。最後に綾野剛が出てきて、じつは亜以子を超える本物のファム・ファタールは保だったことが判明。あの場面では、すでに黒い正体が判明しているのだから、綾野君はしたたかに生き残る道を選んだ人間がちょっと良心の呵責を覚えている、みたいな表情を作ったほうがよかったと思う。
石田えりは意外なスパイス。浅野君が彼女の暴走を「奥さん、奥さん」と止めに入るドタバタには笑えた。

主人公の車の光沢が金属ではないもののように見えてしかたないのだが、特殊な塗料を使ったのか?

最後の最後に、亜以子が大切な蘭の花びらを箱にしまうカット。複雑で汚れた世界にもたしかに存在した純粋さを忘れたくない、みたいな堀切園氏の主張なのか? ヒーローを押してきたつもりなら、ここはバーでいろいろな思いを押し殺して酒をすする増沢を出すもんじゃないのかな。あるいは、探偵事務所にぽつんと置かれた保の忘れ形見(帽子)……あるいは、二度と親友が酌み交わすことのない、ギムレットのグラスのアップとか。