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『足尾から来た女』前編

見る前は、期待三割、不安七割。前編終了後現在は予想外の満足感あり。

田舎の無学な娘にスパイをやらせるという設定にいささか無理を感じた。読み書きができるかどうかと、観察眼や口頭による報告能力の有無とはかならずしも比例しないけれど。今日になって公式HPを読んだところ、谷中村の娘が福田家に送り込まれたのは、事実のようでまたびっくり。池端俊策氏によれば、村の娘たちは風評被害で嫁にいけないから村外に働きに出るしかなかった、とも。
松重豊演じる日下にみかんを勧められるサチ。みかんに何か意味があるのかな……って、これは『孤高のグルメ』ではなかった。

NHK脳の脚本家なら、社会主義者は全員聖人君子で、サチの兄を極悪人にしたてるところだ。今のところ皆、生きた人間になっっているので、浅いプロパガンダドラマに堕していない。サチが福田英子と出会っていきなりカブれるような人格豹変というか無理やり設定はなく、初めて字が読めたらと思った経験も、まっとうな人情にもとづいた話になっている。今とちがって家事が重労働であり、女中の手はあかぎれだらけ、という点もよく出ていたが、そのわりにサチの顔がこぎれいすぎるかもしれない。
シュギシャが英子の家に集まって服役期間の長さを競い合う場面……ヤクザと同じじゃん。じっさいには、もっと淀んだ空気の人たちだったと想像する。
石川三四郎の名は初めて聞いた。そこはかとない知性と色気とダメ男の匂い……北島有起哉が魅力的だ。
影山楳子の女傑ぶり! 大河のナレーションを聞いて衰えを心配したものだが、全身で演技する女優・藤村志保は健在であった。「気にしない、気にしない。この家にはね、秘密がいろいろあるの」など、たんなる頭でっかちの才女とはちがう懐の大きさや茶目っ気を感じさせた。
鈴木保奈美が予想外に大健闘。今のところオノマチより印象に残っている。規格外の女でありながら、岡山藩武家の娘としての誇りを息子に押しつけて反論されるという脚本も見事だし、女優がそれにはまっているのもすばらしい。彼女の長男を演じた子役が、一度見たら忘れられない味のある顔の持ち主。これからもNHKで活躍しそうだ。それにつけても、楳子や英子が、消費者としての権利や学力だけなら世界一みたいな状態になった平成の日本女性を見たら、どんな感慨をもつだろう。

終盤、サチの兄が、自分が生き残れたのは足尾の銅あればこそだと語る場面。何事も薄っぺらには描かれなかった前編でも、ここが白眉である。今から見れば無理くりに見える近代化の過程には、欧米列強に押しつぶされないためのやむをない事情もあったのだ。だがツイッターを見るかぎり、そこに反応している人はごく少数だった。このドラマが「庶民=被害者、国家と大企業=悪」みたいなレッテルで傑作扱いされたら残念だ。重ねるべきでない部分まで、福島に重ねる感想が多いのは、NHK側の誘導のせいだが。
「百軒のために一軒の家を壊すのは野蛮国」。田中正造がいかにもいいことを言っているように聞こえるが、救うべきが人なのか「一軒の家」が象徴する地域なのかによって話が違ってくるし、多くの日本人が文明国と思っている諸外国は、いろいろと野蛮なことをしている。

NHKのことだから後編で一気にただの説教ドラマになる可能性はおおいにあるので、あいかわらず不安七割で待機するしかない。公式HPによれば、渡辺大が演じるのは石川啄木とな! 国語の授業では「まじめでかわいそうな貧乏歌人」扱いの啄木って、暗号日記とか、いろいろ逸話がある人なんだが、どういう扱いにするのだろう? ちゃんと(?)サチと二人で地べたを這いずりまわる人間として描かれるのだろうか……。原敬の描き方で、ドラマの真価が決まりそうだ。最近の大河がうまく描けない現実的な政治家が、画面から立ち上がりますように。
NHK社会派ドラマでよく耳にするメロディに似ているなと思ったら、やはり音楽は千住明。来週も美しいBGMを聞かせてほしい。