八月十八日に始まった謎の日8ドラマと来年の大河について

八重を主人公にすえて復興大河と銘打つならば、明治期には、元藩士の斗南での苦闘、八重の薩長への恨み、茶人や看護婦としての活躍、会津の復権を描かねばならないはずだが、前者三つは中途半端で、最後は八重の叙勲をのぞいてろくに描かれなかった。前半の好調ぶりに、秩父宮雍仁親王と容保の孫(松平勢津子)のご成婚で大団円にするものと期待していたら、肩すかしもいいところだった。前半でさえ、ドラマ内で描くべきことを番組おまけの『八重の桜紀行』ですませることがないではなかったが、終盤はとくにひどかった。最終回など、実物の晩年の八重の動画にすべて持っていかれた感がある。

三十二回までは、三流脚本家がやらかす「復讐の連鎖は何も生まない」とか「戦のばかやろう」とかいっさい出てこないので、さすが山本女史と思っていた。昨年のしっちゃかめっちゃか大河にも、反戦平和メッセージのごり押しだけはなかったので、大河の傾向が変わってきたのか、などと深読みしたこっちがバカでござんした。八重が薩摩の女子学生に土下座する回以上に、老いた病身の容保に「われらには別のやり方もあったはずだ」などと言わせた最終回の前の回は、大河ファン界隈に阿鼻叫喚を引き起こした。このドラマは健忘症の人々が作っていたのか? 何か月もかけて戊辰戦争が起こる理由を説明していたのに、いろいろとなかったことにして、敗者を叩いて、ハイ終わりってか? 典型的な平和教育ドラマだな。そんなにかんたんに戦争回避ができるなら、世界史年表はスッカスカになっている。毎年八月に手抜き特番が作られるのは、局員が夏休みを取るからだそうだが、同じ現象を十二月にまた見せられるとは思わなんだ。ニセ容保発言に激怒した人々も、さらに70年後を舞台にしたドラマのもっと雑なストーリー展開にはかんたんに納得してしまう傾向があるのはなんなんだとも思う。
主要登場人物たちに日露戦争批判をさせていたが、幕末からの日本の苦闘はすべて、欧米列強に植民地とされないためのものだったという視点が抜け落ちている。
NHKは、『坂の上の雲』と『真珠湾からの帰還』で見せた志はもう捨てたのか? 今回、『坂の上』のスタッフも参加しているが、佳作部分が終わったら、彼らも宝の持ち腐れ状態だった。

覚馬同様、新島襄もヒロインの保護者的な描写偏重。それでも、「知的でいい人」設定の男を血肉の通った人間にできたオダジョーは見事。

西島さんは、おおげさな盲目演技をしないのも、安い涙を浮かべないも偉かった。ただ、想像力がない視聴者にはそれが災いして、不当に責められていたのが気の毒だ。頭が切れる覚馬なのだから、京都に宣教師を迎え入れるくだりでも、「宣教師ってのは、植民地支配の先兵として送り込まれることが多いんだが、なあに、こちらがうまく利用してやればいいのさ」くらいの台詞を言わせてほしかった。

敵前逃亡者扱いされていた尚之助の復権はけっこうなことだが、いつまでも出番を引きずりすぎ。彼が『京都守護始末』のおおもとの作者であるかのような描き方は、歴史となにより山川浩に対する冒涜だ。キャラが予想外の女性人気を得たので、内藤Pが利用したと考えるのは穿ちすぎか。長谷川博己を初めて見たのは『砂の器』。この人に和賀をやってほしかった。非インテリ役をやったらどうなるのか見当がつかない。

ほかの演技陣では、会津のご家中は皆さんご立派。剣舞ふくめて獅童の官兵衛が雄々しく情けなく人間味ばつぐん。六平直政のかっこいい役を初めて見た! 見事な膝行の所作以降、西郷役の吉川晃司から目が離せなかった。後半のスパイスとして槙村役の高嶋政広が印象的。降谷建志は演技初心者だそうだが、なかなかどうして。修羅場を潜り抜けた人間ならではの、武骨さや優しさの表現がよかった。大河に出ると美貌、演技力ともぐんとアップするのが稲森いずみ貫地谷しほりは同世代では時代劇の顔か。


花の乱』を最後に、充実した女性大河が途絶えてしまった。DVDで初めて見たのだが、市川森一の格調高い脚本も、三田佳子の重厚な演技も、二度とお目にかかれない類のものかと思うとなんとも寂しい。
今の若手に将軍御台所がはまる女優がいないのは残念だが、綾瀬はるかという武家の女をやれる女優の存在は幸いである。とはいえ、京都編の脚本は、彼女のポテンシャルをじゅうぶん発揮させるものではなかった。籠城戦の魅力迫力を超える演技が見られなかった。『風林火山』の寿桂尼に匹敵する、したたかで賢くて美しい女性はもう見られないのか。あれは藤村志保の演技も見ものだった。京都の八重と言ったら、魅力はあっても保守的な人々から反感を買うタイプの女性にするべきなのに、夫の名前を呼び捨てにするのと西洋の服を着るのをのぞくと、「鵺」というあだ名に名前負けしていた印象だ。めずらしいくらい和装洋装とも着こなせる体型だけに、ただの着せ替え人形的あつかいになったのがもったいない。熊本からやってきた女生徒たちのほうが、よっぽどイキがよくて型破りで、京都の人々の眉をひそめさせそうな、史実の八重タイプの女性に見えた。
獅子の時代』で理想の会津女を演じた香野百合子が襄の母親役だったのが感慨深い。香野さんは、迷走する『八重の桜』京都編撮影のさなか、何を感じておられたのだろう。

 

まともな幕末明治大河を求める方には、『獅子の時代』を強くお勧めする。『ある明治人の記録 会津人柴五郎の記録』を参考にしたと思われ、戊申で辛酸をなめた人間の無念怨念がしっかり描かれている。架空の主人公は、薩摩の郷士、苅谷嘉顕(加藤剛)と会津の下級藩士、平沼銑次(菅原文太)。最初から正しいことばかり言ってて、表から見ても裏から見ても左から見ても右から見ても完璧優等生美男子の刈谷にはこれっぽっちも感情移入できなかったが‐‐そして、この人は実母からも「お前は建前ばかり言うからよくない」などと言われるし、さんざん人に裏切られる‐‐タフで地に足の着いた銑次はたいそう魅力的だった。銑次は、会津落城(三月放送)後ながらく薩長への恨みを忘れられないのだが、最後の最後に、元の藩や身分がどうこうを乗り越えて「俺はしいたげられた人たちのために戦いたい」と語る。物語の積み重ねに裏打ちされた名シーンだった。
西郷に「日本人はもっと血を流すべきじゃった」とおっかない台詞を言わせた『翔ぶが如く』も骨太幕末大河だった。

山本むつみ女史には、ぜひ杉田鉞子の『武士の娘』をドラマ化してほしい。京都の迷走ぶりでいろいろ批判されているようだが、木曜時代劇で藤沢原作を脚色した『秘太刀 馬の骨』は娯楽色ゆたかな剣劇で、色恋や夫婦の情愛も細やかに描かれていたので、そんなに才能の幅が狭い人ではないと弁護しておく。


軍師官兵衛』の公式HPが公開された。合戦の画像を見てうっかり血が騒いでしまったが、
1.なぜか官兵衛が平和主義者
2.側室を持たなかったからって、いいダンナ扱いらしい
3.せっかく中谷美紀を起用しながら、お転婆姫をやらせる
の三点だけで、来年も残念大河になる気配が濃厚である。録画して合戦シーンだけつまみ食いしようか。それとも、二、三ヶ月で視聴リタイアになるか。題字だけは、数年ぶりに好み。残りの人生、「『風林火山』はおもしろかったのに。『八重の桜』も前半はよかったなぁ」とぼやきながら生きていかねばならぬのか。
とりあえず、竹中、ふんどしちゃんと締めとけよっ!