読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

佳作大河『会津藩物語』全三十二回を振り返って

今年、NHKは俗に言う『八重の桜』を一年かけて放送した。脚本家は信用できそうだけど『天地人』の内藤Pの再登板だから最後まで油断大敵!と思いながらも、予想外に満喫できた……八月十一日までは。『篤姫』~『平清盛』と比べれば、アマとプロの違いがあると言っていいほど、ひさびさにまともな脚本。極力むずかしい言葉は使わず、けれど格調を出すという書き方に初めて接した気がする。頭がいい政治家の台詞を聞けたのも5年ぶり。事前のインタビュー通り、幕末の会津人の「勇気」と「献身」も描けていた。

昨年の訛りすぎるキヨちゃんやら、一昨年の大河どころか時代劇に出ることすら間違ってるオンナノコやら、主役が一番下手というキャスティングが多いのも、近年の大河の不振の一因だが、『仁』ですでに時代劇をやれることを証明済みの綾瀬はるかが選ばれたのも、大河ファンにとっては幸運だった。彼女は、トークはあんなだけど、運動神経がすばらしくて、女優としてはかなりガンアクションもいけたほうだと思う。
脇役も、めずらしいくらい粒ぞろい。佳作大河部分では、実質上は覚馬、容保、慶喜がトリオ主役のようなもので、西島秀俊綾野剛小泉孝太郎の三氏の好演が、ドラマを盛り上げた……というより、引き締めたというべきか。覚馬については、とちゅうから史実の功績が大幅に省略されてしまい、西島氏が気の毒であったが。

第一回は、お殿様のお国入り、勇壮な追取狩、卑怯未練を嫌う会津人堅気の描写すべて魅力満点。女性視聴者のクレームが面倒だからといろいろくちばしをはさみそうな内藤Pが、会津家訓十五箇条の「婦人女子の言、一切聞くべからず」をどう処理するのかと意地悪く見守っていたら、家訓が唱えられる場面はかならず「大君の儀、一心大切に忠勤に励み」のあとをなんとなく流して、別口で戎の掟の「戸外で婦人と話してはなりませぬ」を出すことで、うまく逃げていた。

元は他家の生まれであるからこそ家訓に縛られる容保をいただく会津藩が、孝明帝や幕府への義務を果たすべく奮闘しながらも、将軍の変節や薩長の思惑に翻弄され、賊軍の汚名をきせられ、戦って開城するまでが、俯瞰的な視点で見ごたえのあるドラマになっていた。二百年の太平の世だからこそできあがった会津武士道の、研ぎ澄まされた美しさと、純粋ゆえのはかなさに心を揺すぶられた。大きな勢力が戦う意志を持った時、小さな勢力がそれを回避することは至難の業だということを、かなりうまく描けていたと思う。九月以降、それが台無しになるとは……。

八重が、会津の女性を妾にしている商人に怒りを爆発させる場面はなかなか。あのまま行くかと思ったのに……。でも、ご贔屓の映画女優中村優子の大河出演が叶ってよかった。内にこもる情念を演じさせたらやはりこの人だ。

第三十二回『兄の見取り図』。武力でお殿様を守るという幼少時からの目標を失った八重に、「これからは学問だ」と次の道を示す覚馬。かつての会津本陣の寺で、元藩士としての悔しさを噛みしめながらも、知識を武器として戦えと諭す兄と、決意を新たにする妹の姿が感動的だった。躍動感あふれるBGMもあいまって、新しい時代への希望を感じさせた。

ミリヲタが幾度も憤慨していたので、いろいろ不備があったようだが、三十年弱のあいだに銃器がどれだけ進歩したか、銃器に関する知識や購入力の差がどれだけ藩の力の差につながったかを"ある程度"描写した点は、特筆すべきではないか。冒頭、南北戦争が出てきたので、いつの時代もアメリカ軍の在庫一掃セールに利用される国がある、みたいな大きな話になるかと期待してしまったが、まったくの尻切れトンボだった。

ほかに、あえて残念だったところを挙げれば
*申し訳ていどに八重を出さねばならない回で、単調な実射練習をやらせすぎ。貴重な銃弾を消費しすぎ。
*全体に「負けるべくして負けた」ニュアンスの演出が目立った。せっかく二本松少年隊を出すのなら、最初は善戦していたことも描くべきだと思う。山川大蔵の活躍描写も少なすぎ。
*籠城戦のさなか、戦況報告のたびに城の見取り図を出してほしかった。どっちの方角にどの門があるのか、あれではわかりにくい。

スタッフは参考にしていないはずだが、『十二歳の戊辰戦争』(林洋海)がたいへん興味深い内容だった。有名な白虎隊士中二番隊の行動について、旧来のドラマとも『八重の桜』ともかなり異なる見解が述べられている。エリートからなる白虎士中隊とは別に、一般兵士からなる白虎寄合組隊という隊があるのもはじめて知った。寄合組隊は歴戦を経て白虎最高の部隊と賞され、上士に昇進した、彼らの功績こそもっと顕彰されるべきだ、と著者は主張している。「ちょっと夜襲をかけてくる」と言った女性は八重だけではなくて、薙刀を持って番小屋に夜襲をかけた女性も少なくなかった、など、事実はドラマの作り手の想像を超えていると思わされた。私は開城時の会津勢には「よぐ戦ったなぁ」と心の中で声をかけたものだが、著者は半年奮闘した庄内藩に比べると準備不足であったことは否めないという論調である。