『この世にたやすい仕事はない』スタート

長たらしいタイトルを「ない」で締めるのが流行ってるのかと思ったら、原作は津村記久子とか。
黒電話やレトロなボンネットバスとパソコンが同時に出てくる、ちょっと不思議で楽し気な大人の童話が始まった。

どの職についても長続きしないヒロインが、カナリアバス総務部の江里口のもとで働きはじめる。江里口はいわゆる切れ者の風貌ではないけれど、どんな仕事もほがらかに巧みにやってのける。いい女優が演じてるなあと思っていたら、エンドテロップで"馬場園梓(アジアン)"……お笑いの人なのか?

木曜の夜に30分連続8回、肩の凝らないエンターテインメントを期待したい。
このスタッフなら、クラフト・エヴィング商會の『じつは、わたくしこういうものです』をドラマ化できそうなのになぁ……1話15分とか20分とかでもいいので、いつの日か是非!

 

『スリル!』

『赤の章』はNHK総合で放送、主人公は中野瞳。『黒の章』はBSプレミアムで放送、主人公は白井真之介。

ハードナッツ!』の続編はどうなってるのか?と思っていたら、似たテイストのポップで楽しいミステリドラマが始まった。作家(蒔田光治、徳尾浩司)とディレクター(河合勇人)が『ハードナッツ!』と同じと知って納得である。

瞳はこの手のドラマでは珍しい、警視庁会計課勤務という設定。詐欺師の娘で手癖が悪く、やたらと外河刑事の警察手帳を失敬しては冴えた推理を披露する。演じる小松菜奈は、フランス映画に出てきそうな小悪魔的な美少女だ。彼女が出てきただけで画面に浮遊感が生まれる。腕の動きがきれいだが、バレエでも習っていたのか? 通話相手にムカつくたびに受話器を睨むのは意識的な演出だと思うが、三谷幸喜が見たらいつかのエッセイみたいに文句を言うだろうか? ともかく、本邦では代わりがいないと思わせる個性派が出てきたことが喜ばしい。

白井弁護士は性悪なのに詰めが甘く何かと窮地に陥る男で、『ダウントン・アビー』のトマスを連想してしまった。山本耕史はアラフォーでは貴重な格調のある時代劇演技ができる人だが、白井役ではわざとらしさを感じさせずにヘンな鼻声を作り、器が小さい男らしくちょこまか動き、ますます貴重な芸達者だと再確認。

このドラマには3人の優秀なコウジが関わっているのだな。

録画消化の時間が取れず2話ばかりたまっているが、どちらも4話で終了してしまうので、早く見るのはかえって惜しい気分だ。内容に合わせて回数が決まるのもNHKドラマのいいところ。

向田邦子新春シリーズ再放送(TBSチャンネル2)

1992~2000年に初回放送された『華燭』、『家族の肖像』、『いとこ同志』、『風を聴く日』、『響子』、『空の羊』、『小鳥のくる日』、『あ・うん』を視聴。

演出は全作、久世光彦。時代設定はすべて昭和十年代なかば。脚本は『響子』と『あ・うん』が筒井ともみ、それ以外はすべて金子成人。『響子』は原作原案が向田+松山巌(『闇のなかの石』)で、他の回とはかなり毛色が違う。正月の9時台に似つかわしくない生臭い演出もあり、秀作ではあるが別枠のほうが納得できるテイストである。これ以外は、主人公の家の主は生前あるいは現在、中級官僚とおぼしき役人、研究者など。当時の日本にあってはかなり上品な部類に入る、山の手の中流家庭を舞台としている。『あ・うん』は他の映像化作品との差別化をはかったのか、いささか悪乗りのおふざけ芝居が鼻についた。『響子』と『あ・うん』以外は懐かしさや明るさを感じさせる小林亜星の音楽で幕を開け、エンディングでは正月らしい小物をあしらった華やいだ映像にクレジットをかぶせる。

レギュラー陣が田中裕子、小林薫加藤治子。三人とも目をむいたり声を荒げたりしなくとも山場を作れる役者で、こんなにうまい人が人気を集めて民放で主演を張っていたなんて、ドラマファンにとって幸福な時代もあったものだ。ヒロインは毎度田中裕子。妙に潔癖に身構えた未亡人、母と妹を何よりも大事にする独身職業婦人、ふつふつと沸き起こる欲望に身を任せる主婦……予想より役柄の幅が広かった。要所要所で、あまり表情を変えなくともひしひしと伝わるものがある。その演技のレベルはイザベル・ユペール並みと言っても過言ではない……と思う。小林薫は世事に疎い学者も、ヤクザなにおいをプンプンさせた石工職人も、ひょうひょうとした落語家も、なんでもござれ。この二人が親子になったり、いとこになったり、不倫相手になったり、全作異なるケミストリーで魅せてくれる。加藤治子は基本的に、しとやかながら胸の奥にわだかまりを抱えた母親役。この手の奥様の陰にこもった怖さを表現できる女優が今いるだろうか? 『響子』では珍しく石屋の女将さんで、荒くれ男たちの上に立つ貫禄を示した。

一番楽しめたのは『空の羊』(1997年)。酔った叔父が酒場で知り合った噺家を連れてくることから、女所帯に騒動が持ち上がる。自分で自分を縛って生きているようなヒロイン(三姉妹の長女で未亡人)が、彼と出会ったことで変わってゆく。小林薫と田中裕子のかけあいは安定のおもしろさ。吃音を直すために西条八十の詩を朗読する三女役の田畑智子も魅力的だ。西島秀俊が作家志望のろくでなしを演じるのも目を惹いた(なぜオープニングクレジットで名前が出ない?)。次女(戸田菜穂)と自由恋愛を謳歌しており、他にも複数の女と関係している。たがいに束縛しない約束だったから、次女が妊娠しようと流産しようと知らん顔というクズっぷりで、この男優は若いころからこういう役が嵌っていたのだなと妙に感心した。このころの戸田菜穂は、きれいでいいお嬢さんに見えるものの、女優としてはこなれていない印象。他の作品と同じく、田中裕子と小林薫はラストで別れ別れとなる。寂しさと爽やかさがあいまったいいエンディングだった。

『大江戸事件帖 美味でそうろう2』(BS朝日)

「俺は矢立屋だ。矢立屋の仕事ってのはな、主義主張を訴えることじゃねぇよ。真実を伝えることだ」
いい台詞なんだが……このTV局と関係がある矢立屋連中は、どう見ても主義主張を訴えることが使命と思い込んでるんだがね。

アヘン騒動の謎解きと、敵討ちに奔走する親子の人情話をうまく絡めて、二時間飽きさせず後味もよい娯楽時代劇だった。
八代目将軍でも遠山の金さんでもなく、阿部正弘が庶民に身をやつす設定が珍しい。
何度も出てくる円楽のお江戸よもやま講座がためになるし、わかりやすい。大河もこの手の工夫をすれば若い視聴者をふやせるかも。それにしても、江戸時代の日本人がカワウソを食べていたとは!
漢方医と蘭方医のそれぞれの良さを認めたり、最後にけもの肉ときゅうりのハンバーガーを考案したり、新平太は今回も大活躍。これからもお鶴となかなか色っぽくならないコンビを続けるのだろうか。

神尾佑はいい声、立派な佇まいでほんとによき時代劇俳優。『花嵐の剣士』でも、この人が出てくるだけで画面に重みが出た。そろそろもう少し番手が上の役を拝みたい。
おみつ役の目の大きな女優がどーも『デート』の自称少女漫画家の卵に似ていると思ったら……同一人物だったようだ。これで吉谷彩子という名を覚えた。

『おんな城主直虎』予告

ダークな味わいに惹きつけられる。言葉遣いもヘンに現代風にしていないところが好みだ。視聴率がらみで外野が現場に妙な圧力をかけることがなければ、それなりにおもしろい話になりそうだ。主演をあまり前面に出さず、あくまで群像劇で押してほしい。『風林火山』の寿桂尼を越える魅力的な女性キャラにお目にかかっていないが、森下佳子&浅丘ルリ子はそれを越える女将軍を造形してくれるだろうか? 音楽が菅野よう子とは期待が膨らむ。『花燃ゆ』は内容が川井憲次のOPに負けていたが、来年は音楽と内容が拮抗しますように。

『真田丸』雑感こもごも

しまらないtwitterもどきのように印象に残った点を羅列。
*何度も地図を見せてくれてたいへん親切だった。陣構えの説明もわかりやすかった。
*せっっかく真田丸のセットを組んだのに、冬の陣の合戦シーンがしょぼくて残念。エキストラの指導がむずかしいのなら、手持ちカメラを使うなど撮り方で工夫できそうなものだが。
*死んだ敵兵の処理、落ち武者狩り、敗軍の女たちの運命など、さりげなく残酷な事実を描いていた。
*いつもは側室や妾が出てくると噴き上がる界隈が静かな一年だった。要は描き方なのだと再認識。側室は正室の部下、ということも簡潔に描いていた。おこうは正室の重責から解放されてからのほうが気楽そうだし、子宝にも恵まれたし、武家の娘と生まれても正室向きと側室向きとあるのだ、と思わされた。
阿茶局がそこそこ活躍してくれてなにより。
*現代劇では達者な俳優として地位を確立している堺雅人。インタビューからは深い知性がうかがわれ、「このドラマは信繁から見た世界を描いているから、出浦や勝頼とちがって信繁に人気が出ないんでしょう」にもなるほどと思うし、この言葉に付け加えるべき感想もない。ただ、そういうニヤニヤ顔は時代劇に合わないと思ったことが数回、こんなに甲冑姿が似合わない主役がいただろうかと思ったことが数回(『天地人』は脳内で消去されている)。今後時代劇に出ることがあったら、なるべくデスクワークのみの役をお願いしたい。
*なぜ九度山から降りた信繁にあんなに人望があったのか、ピンとこない。「義を貫き通した幸村」のような賞賛の言葉も腑に落ちない。
竹内結子にも「そのニヤニヤは……」と感じた。母性で息子を縛ったというより、"傷ついた娘"から成長できないまま一生を終えたという、あまり見ないタイプの茶々だった。三谷作品との相性では、現代コメディ『大空港2013』のほうがよかったような。
長澤まさみは『わが家の歴史』以来、シリアスで大役をやってほしいと思っているのだが、なかなか叶わない。きりは、とにかく主人公とともにいる時間が長い、主人公の幸せより「生きた証を残す」ことを願う、男前な女性だった。「大事な仕事があるので残ってくれるか」と訊かれて一礼し、正室に向かって「かしこまりました」と答える場面が印象に残る。修羅場大好きで、こつこつと仕事の実績を積んできた彼女ならではの覚悟を感じさせて、しみじみした。千姫を徳川の陣に送り届けて一礼して去る場面も感慨深い。
内野聖陽が家康でほんとうによかったと言うべきか、家康がラスボスでよかったと言うべきか。伊賀越えのコミカルな演技で笑わせ、小心さを部下に諫められつつも、腹芸もできるし大局を見る目もある、陰影に富んだ「最後の戦国武将」だった。『風林火山』で堂々と主役を張り、今作ではチャーミングなラスボスを演じ、ますます時代劇俳優としての値打ちが上がった。西田敏行なみに大河で連投していただきたい。
*たいていのドラマでは、主人公は成長しても敵役は変わらないことが多いが、今作では、家康は小心者なりに成長したのに信繁はその場しのぎの男のまま成長していない。「人間なんて成長しないんだ」という舞台劇を何作か書いた三谷ならではの筆致である。
*兼続がちゃんとしたたかな戦国の参謀をやっていた半面、景勝はウルウルしすぎ。エンケンにとっては、やや物足りないキャラだったのでは?
*畑を作って生きてきた作兵衛は、畑の上で死んだ。藤本隆宏は、いつか弁慶の大往生をやりそうだな。
*『独眼竜政宗』では、主人公が遭遇する災難はだいたいが本人が招いたものだった。『真田丸』は味付けは軽妙だが、主人公の自業自得ぶりは同じようなものではないか。とくに、大坂夏の陣でかたっぱしから希望の芽を摘んでいく信繁描写には仮借ないものがあった。
*内記がかっこいい爺さんだった。槍→太刀の立ち回りができるだけでも、中原丈雄は貴重な男優である。
*冒頭の美しき敗者は武田勝頼だったが、中盤では石田三成と大谷刑部。山本耕史片岡愛之助とも、ふた昔前の大河が好きな視聴者でも納得できる芝居を見せてくれる。
賤ヶ岳の七本槍のその後を見せてもらえたのもよかったが、大阪五人衆というのを知らなかったので、いろいろ新鮮だった。勝永は一番戦国のにおいが濃厚で、twitterで紹介されていた参考文献を読んでみる気になった。家来が陣を畳むなか、祈りを捧げる明石の姿も印象的。盛親を演じた阿南健治はよくも悪くも三谷色が強い。
*塙団衛門の名刺配りが愉快。
*おっさん祭りと囃された今作だが、実質上前半の主役だった草刈正雄がワルくて熱くて野心はあるけど大局を見る目がなくて、とにかく人間臭くて魅力的だった。ときどき台詞が不明瞭なのには困った。
千葉哲也新井浩文が大河デビューしたことはめでたい! 秀長の出番が予想外に短かったのは残念。
*信伊を演じた栗原英雄は今作が映像デビューとか。昌幸が頼りにする懐刀の説得力抜群だった。
*若手もよかった。とくに大助役の浦上晟周は、内気で感受性が強く賢い役で何度でも見てみたい。
*魅力的な役柄、役者満載の一年だったが、最後に大泉洋を讃えたい。最後の三か月はもうすこし信之の真田当主たるゆえんを強調するかと期待していた。お通とのつきあいを稲たちにやり込められるお笑い場面はいささか邪魔。全体を通しては、父親からは正面切って褒めてもらえず、思うに任せないことは多々あり、しかしそれでも腐らずに力を蓄え世情を見る目を養い、成長していく武将を、脚本の意を汲んでよく表現していたと思う。

『真田丸』完走

今年のエンタメ界は、未見の『君の名は。』、『逃げ恥』、etc.をふくめて質、客受けとも豊饒の一年だったようだ。で、そうした幸福な作品の一つが『真田丸』だった。近年は何度も「大河はもうおしまいか」と思わされたものの、過去10年に、『風林火山』、『八重の桜』(の三分の二)、『真田丸』と三作、高品質なドラマが放映されたのだから、まだあきらめなくてもよさそうだ。優劣ではなく好き嫌いで言うと、『風林火山』>『八重の桜』>>『真田丸』。脚本がスカスカでも『龍馬伝』は大友演出のエネルギーで、『平清盛』は撮影、美術、音楽、役者の力演による補強のおかげで、断続的に楽しんだ記憶がある。

例年になく歴史考証の先生方の意見が通る現場だったとかで、脚本家本人も、いろいろ勉強してわかったうえで遊んでいる感じが楽しかった。国衆と大名のちがいをずいぶんと勉強させてもらった。時代劇での三谷式コメディシーンは半分くらいしか乗れず、己の許容範囲の狭さを実感。
三つに分けるとすれば、一番おもしろかったのが群雄割拠の時代、次が豊臣政権の時代、最後が信繁が実質上の主役となる時代。

第一回は、悲劇のプリンス風な武田勝頼平岳大の名演!)を出してきて、つかみはOKな印滑り出し。三谷幸喜本人がインタビューで語る通りの、「偉大な父を持った男の物語」がその後繰り返し語られることとなった。敗者として死を遂げた息子が、勝頼、氏政、そして主人公の信繁。出だしはパッとしなかったけれど、棟梁の立場となってからは仕事ぶりも立派で家系を残したのが秀忠、信之。
信繁から憧れのまなざしを受けつつも「わしのようになるな」と言ったのが、信伊、景勝。この二人は表だってスカッとする活躍はせず、たびたび己の欲求を押し殺し、大人としての責任を果たして生きていく。昌幸の腹心、昌相も同じことを言いつつ仕事を一つ一つ片づけていったものの、残念ながら最後の大仕事を阻止されてしまう。

徳川が主役のドラマを見るたびに「ホントははなから豊臣を潰すつもりだったくせにぃ」と思ったものだが、主人公が豊臣につく今年の大河を見るかぎり、あれじゃ豊臣が滅びるのも仕方がないという感想しか湧いてこない。秀吉が権力者になる前から冷たい人間だった、と寧々に言わせる脚本はユニーク。敵方にも惻隠の情を示し、しっかり後継者を育成し、女性をふくめて部下への仕事の割り振りがうまい家康。この三点で圧倒的に劣る秀吉。豊臣編は、秀吉がすでに頂点に立っている状況で始まったので、終始もう腐って落ちていくしかない不穏な空気が満ちていた。